15 追跡者


 背負い袋を下ろし、中を漁る真似をしながら『ゲーム』を起動する。

 果樹園や畑を巡っていつもの作業をこなしつつ、さて、どうしようと考える。


 冷静ぶっているけどかなり焦っている。

 ちらりと視線をそちらに向ける。

 手を付けられていない土地は雑草と木々が伸び放題になっている。

 放牧をしている農村が近くにあれば雑草はもう少し背が低かったかもしれないが、残念ながらこの辺りにはやってきていないようだ。

 だから、見えない。

 見えないけれど、ときおり、風とは関係のない草の動く音がする。

 獣だと言い聞かせたい。だが、それにしてはずっとそんな音が付きまとっている。


 まだ遠くだからいいけど、以前に気付いた時より近くにいる。

 ああ、絶対、狙われてる。


 ファウマーリ様に押し付けられた仕事はこうだ。


 先ほど思い出したドラゴンロードの昔話。

 そのドラゴンロードがファウマーリ様に連絡を取って来た。

 ファウマーリ様は昔からドラゴンロードとの窓口を担当しているのだそうだ。


 卵が盗まれた。取り返して欲しい。


 竜の卵というのは錬金術や薬草学や魔導学……とにかくそういうクラフト的な分野では魅力的な素材らしく、よく狙われているという。

 そんな中、ドラゴンロードの何代目かの奥さんが卵を産んだ。

 そしてそれが盗まれた。

 卵の臭いは王国の中にとどまっているので、取り返して欲しいと。


 ファウマーリ様はその訴えを城に伝え、今代の王が調査を命じ、紆余曲折の果てに卵を取り返した。

 だがどうも、卵を盗んだ者の背後には裏社会の大きな組織がいたそうで、そのまま連中との戦いに卵を利用しようとしているという。

 卵を欲しているのが組織の大物らしく、国が奪還したというのに諦めていないことを好機と見たようだ。


 卵を返すための使いは俺だけではなくて何人も放たれている。

 その中のどれが本物かは、預けられている者も知らない。

 そして、そんな使いに組織からの追手が付けば、隠れて警護している王国の実力者たちが捕らえる。


 そういう段取りになっている。


「だから大丈夫、大丈夫」


 小さくそう呟きながら日課の作業を終えて本日分の黄金サクランボを取り出す。

 それを食べる。

 食べれば能力が上がる。

 食べるごとに聞こえるドラムロールはやかましいけれど、もう慣れた。


 正直に言えば、当初の目的だった冒険者ギルドの戦闘講師の能力は既に超えている。

 いまの能力値はこんな感じ。


能力値:力32/体57/速15/魔20/運3


 体に偏り過ぎてる気がする。

 そして運が少ないのはどうしてなのか?


『ゲーム』のこととか考えると運がいいのではないだろうか?

 それとも、そういうこととは別の要素なのか?

 それともそれとも……そもそもこんな年齢でチートに気付く俺は運が悪いという隠喩だったりするのだろうか?


 暗いことを考え過ぎだ。

 能力が上がっても荒事への耐性ができていないから仕方ないのかもしれないが、もう少し度胸が欲しいと思う。


 休憩を終えて歩き出す。

 実のところ、あまり休憩は必要ない。

 能力が上がったからなのか、歩き続けていてもあまり疲れない。夜寝ないでもあまり苦にならない。

 王都にいる間、普通に生活している間は気付かなかった。

 眠れないわけではない。

 寝ようと思えば寝られる。

 だけど、小さな物音でもすぐに覚醒できるし、寝不足を引きずる感覚もない。

 もしかしたら能力値ではなくスキルの『夜魔デイウォーカー』の方が原因かもしれない。

 よくわからない。


 歩き続けることができるのは、この状況ではいいことだ。


 とはいえ、俺の仕事はドラゴンロードに卵を返す使い候補の一人であり、裏組織の手先を捕まえる囮役でもある。

 追手を撒いてしまうわけには行けないので、こうして休憩を挟んでいる。


 とはいえもともと小心者なので長々と休憩なんてできないから、夜でも食事をして少し寝たふりをするとすぐに歩き出していた。

 そんな感じで休憩時間を削って歩いていたからだろうけれど、四日目には目的の山の麓に到着することができた。


「ふう、さて……」


 次はこの山を登るのか。


「おい!」

「うひっ!」


 いつのまに?

 もっと後ろにいると思っていたのに、いきなり声をかけられた。

 二人の男がいる。

 あれ? と思った。

 片方の男。

 黒髪に無精ひげの、険しい目の男。

 最近、どこかで見た。


 え?

 嘘だろ。


「……手配書の男?」

「はっ、やっぱり有名だな、バン」


 そしてさらなる爆弾を隣の男がニヤニヤ顔で投げ込んできた。


「バン? バンだって⁉」

「ちっ」


 俺が驚いていると黒髪の男が舌打ちする。


 バン。

 もう一人の昔の仲間。

 ウィザーを加えて、三人で孤児同然の冒険者時代を過ごした。

 そして、俺を捨てて二人だけで冒険者として成り上がる道を選んだ男。


 そんな男がどうしてここに?

 足を失ったウィザーも捨てて、さらに成り上がっているのだと思っていたのに。


 そうか。


「……だめだったのか」

「っ!」


 身を持ち崩して、裏社会に流れ込んでしまっているのか。

 だけど、体は大丈夫そうなのに、どうして?


 なんて、考えていたのが悪かった。

 気が付くと、バンの姿がすぐそこにあった。


 ズダン!


 熱い衝撃が体を走った。


「え?」


 左の鎖骨から胸の半ばまで剣が入り込んでいる。


「うるせぇよ。グズが」


 すぐ間近で、バンが吐き捨てる。

 暗く燃える目が俺を睨んでいた。

 腹に足を当てて突き飛ばす形で剣を引き抜き、俺は地面に倒れた。


「おい、さっさと荷物を奪え。伏せてた追手は片づけたが他がいないとも限らない」

「へいへいっと」


 呼吸ができなくて「あっ」とか「がっ」とかしか言えなくなっている俺に、もう一人が近づいて来て背負い袋を奪った。

 そのせいで体が地面を転がる。


「へへ……あん?」

「どうした?」

「なんも入ってねぇ」

「ちっ、やっぱりはずれか」

「くそっ、見た目は弱そうだけど、足が早いからもしかしたらと思ったんだけどな。潜んでる奴らも倒し損だったな」

「まぁ、しょせんはこいつだ。そんなもんだろう」

「はは。昔の知り合いなんだろ? ひでぇ言い草」

「ああ。知り合った当時から足手まといで役立たずのグズだった。邪魔でしかない」

「ひでぇひでぇ」

「ハズレならもういいだろ。さっさと帰るぞ」

「待てよ。確かこいつ、最近ポーションを売って稼いでたって話だ。金袋はそれなりに膨らんでるはずだぜ」

「ちっ。だからか」

「あん?」

「グズの役立たずの癖に、こんな依頼を受けてるからだよ。調子に乗ったんだろ、馬鹿野郎が」

「はは。おかげでこっちはハズレクジだな。あっ?」


《緊急事態。スキル『夜魔デイウォーカー』を発動します》


 黄金サクランボを食べた時のやかましいドラムロールとともに聞こえていたあの声がそう告げた。

 あっ、なんだか……喉が渇いたな。





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