14 昔話
俺にできることは交渉することだけだった。
拒否するための交渉ではなく、なんとか良い条件を引き出すための努力だ。
依頼の内容に沿った手段の交渉はすんなりと終わったのに、報酬の交渉ではファウマーリ様は断固として譲らなかった。
「貸し一つで働くのに金を寄こせとはお前もなかなか強欲よな」
「いえいえ、貸し一つは決してあなたからの願いを拒否しないという意味で今回は使わせてもらいます。そもそも、冒険者を冒険者ギルドを通して働かせようというのにタダ働きでは筋が通らないのではないですか?」
「ならん」
ファウマーリ様は揺るがない。
最終的に隣にいた男の人、この街の冒険者ギルドのギルドマスターが思わぬ条件を提示して来た。
「わかった。この依頼を無事に完了させたら、登録証を鉄から銅に変えてやろう」
「はぁ⁉」
「おお、それは良いことじゃな」
違うそうじゃないと言いたい。
冒険者ギルドの登録証はその素材に種類がある。
金銀銅鉄の四種類。
それは冒険者の格を示し、金が上で鉄が最底辺を意味している。
実はその上が存在しているなんて噂を聞いたことがあるけど、それはまた別の話。
格が上の冒険者というのは、外で危険な活動をどれだけしたかで決まるので、日雇い冒険者が鉄から上になることはない。
商隊護衛の人数合わせ要員なんて仕事程度では功績の一つとして数えてもらえない。
普通に冒険者を志しているなら、鉄を卒業して銅になると聞けば、喜ぶ。
ちょっとそういう気持ちを取り戻しつつあった俺にとっても、魅惑的な提案に思えた。
「だけど、いきなりそんな……」
銅になるということは、ある程度の荒事ならこなせるという意味になる。
なにかあった時には「あんた銅なんだからもっとがんばれ」と危険の前に立たされることになるのだ。
いまの俺にそんな能力というか覚悟というか。
うん、まだちょっと足りないと思うんですけど?
「まっ、問題なかろう」
「いや、勝手に決めないでください」
「臆するな。アキオーン」
「いやいやいや!」
「そなたに足りんのは覚悟よ。それを付けるにはちょうどよいのではないかの」
「そんなぁ」
「それにな、アキオーンよ」
「はい」
「これ以上ごねるのであれば、妾も優しい顔をしてはおられんぞ?」
「……はい」
笑顔の威圧の前に撃沈するしかなかった。
こうして、あちら側の準備に二日ほど要した後で、俺は出発した。
商隊護衛の時に持っていた槍をそのまま手に持ち、背中には真新しい背負い袋がある。
前まで使っていたのよりも一回り大きい。
それを背負って俺は一人で街を出ると、街道もすぐに逸れて、目的地であるとある山を目指す。
徒歩だと五日ほどかかる場所にあるその山には竜が住んでいるという話だ。
その竜がゴールだ。
竜といってもたまに山や森からやってきて村から人を攫うワイバーンや、家畜を襲うジャイアントリザードなんてかわいいものじゃない。
いや、この二種類だって俺が戦える相手じゃないんだけど……とにかくそれよりももっと上。
この国の昔話にも登場するような古い竜の王。
ドラゴンロードだそうだ。
「そのドラゴンロードと祖王である父様は契約を交わしておってな」
寂しい一人旅の中でファウマーリ様が語った昔話を思い出す。
昔、ベルスタイン王国がまだ小さな小さな国だった頃、近くの山に住んでいたドラゴンロードが襲いかかって来た。
ドラゴンロードは激しく怒っており、いくつもの村を焼き、街にも襲い掛かって来た。
そこで祖王リョウが自らドラゴンロードに立ち向かった。
戦いは三日三晩続き、そして遂に、ドラゴンロードは祖王に屈した。
だが、祖王はドラゴンロードを殺さなかった。
戦いの最中で祖王はドラゴンロードの怒りの理由を知った。彼の伴侶が最近亡くなったのだが、その死体を冒険者たちが勝手に荒らしたのだという。
祖王は領内で竜の素材を売った冒険者をドラゴンロードの前に連れて来て言った。
「生き物それぞれに法があり許せぬことがある。伴侶を悼む竜王の怒りは理解できる。だが、一部の者の罪を人という種や国にひとまとめに向けられても困る。そなたはドラゴンロードだが、全ての竜種がやったことの罪は背負えまい? 彼らが我が国の民を殺し、家畜を奪ったとそなたに訴えたところでなにもしてくれまい? ならば我らも同じことを言おう」
いまだ怒りに震えるドラゴンロードに理屈が完全に通じるはずもない。
妻の亡骸を汚した冒険者らを前に再び猛り始めたドラゴンロードを前に、祖王は契約を持ちかけた。
「竜王よ。そなたが一つ約束してくれるなら、この仇を渡そう」
「ナンダイッテミロ⁉」
「今後なにか問題があればまずは言葉でもって訴えてくれれば、我らは我らの能力の許す限り竜王の願いをかなえよう。その代わり、竜種による横暴が目に余り、我らが願うことがあれば、竜王の力でもって彼らを排除して欲しい」
「リョウカイシタ!」
「ならばよし!」
祖王の合図とともに死体を漁って来たにもかかわらずドラゴンスレイヤーだと嘯いていた冒険者たちは解き放たれ、ドラゴンロードの炎を浴び、その牙で砕かれた。
こうして祖王リョウとドラゴンロードとの契約はなされ、それ以後、この国での竜種の被害は驚くほどに減ったという。
……ていうか、祖王『リョウ』って!
もしかして亮とか涼とか書いたりしないか?
そうだよ、ファウマーリ様がいきなり白ご飯の朝和定食を欲しがったりしたのは、まさしくそういうことじゃないか。
気が付くのが遅すぎる。
もっと早く気づいても良かったはずだ。
「祖王って転生者かよ!」
あるいは転移者か。
どちらにしても、俺と同じ世界の経験か記憶を持つ者だったのだ。
国を作ったりドラゴンロードと戦ったり不死者の王の娘がいたり……思い出す祖王の童話もずいぶんと破天荒なものが多いのもそういうことか。
「チート無双を満喫してたのか」
それを羨ましいと思う。
足を止めないまま歩き続ける。
視界が開けた場所を選んで休憩を繰り返しながら先に進んでいく。
後を付けられているのはすぐにわかった。
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