18 王都に帰還
街に戻って冒険者ギルドで報告を済ませ、そのまま王都に戻った。登録証の件も王都のギルドでしてもらうことにした。
とにかく慣れた場所に戻りたかった。
なんの依頼も受けずに王都に戻り、子供たちから薬草を買ってポーションを売ったり商業ギルドで葡萄を売ったりした。
葡萄はやっぱり高評価だったらしく、今日売った分も、すでに持っていく先が決まっているらしい。
景気のいい話を聞いて心を落ち着ける。
そろそろアパートみたいな月契約の生活空間を確保してもいいかもしれない。
だらだらしたいときにできないと、冒険者ギルドの食堂で思った。
ああ、でもまだ、のんびりできないなぁ。
食堂からでも見える依頼掲示板にある手配書を見て思う。
黄金サクランボの効果か、あるいは夜魔デイウォーカーのおかげか、視力が良くなっていてここからでも手配書の内容が見える。
やっぱり、あの手配書に書かれた似顔絵はバンだった。
なにをどう転がったら五百万Lも賞金をつけられてしまうのだろうか?
兄の仇と言っていた。
いやいや、余計なことを聞いて変に巻き込まれていくのは避けないと。
重い足取りで立ち上がると依頼業務が落ち着いている受付に移動する。
「あら、アキオーンさん、どうしました?」
すっかり名前で呼ばれるようになった。登録証が銅になったのもあるし、頻繁にポーションを売っているのもあるからだろう。
「あのさ……」
手で口元を隠して内緒話だと示し、ひそひそと告げる。
「例の手配書の件で話があるから、依頼人がまだこの街にいるなら呼んでほしいんだけど」
「手配書って、……あの?」
「そう。あの」
「あの方、貴族のお嬢様ですから、間違えていると怖いですよ」
「うう、やめてよ」
受付嬢が本気で心配しているので、俺はぶるりと震えた。
「でも、本人に確かめてもらわないとどうにもならないことだから。呼べる?」
「宿にいらっしゃるなら、一時間ぐらいで来られると思いますけど……ほんとにいいんですね?」
「うん」
「わかりました。人をやります。奥の談話室で待ってもらうことになりますよ」
大きな依頼の時に使われるって部屋だよね?
初めて使うかも。
その前により凄いギルドマスターの部屋に行かされたけど。
通された部屋には対面に置かれた長ソファとテーブルがあるだけだった。
うん、さすがは王都の冒険者ギルド。あっちの街で見たギルドマスターの部屋より立派だ。
とりあえず、誰か来る前にゲームからバンの首を出しておく。
そのまま出すのはいやなので、小さな樽を作ってそれに詰めてからテーブルの足下に置いておく。
目の前にあるのは俺も精神衛生的に悪いしね。
時間を持て余してゲームを弄りながら待つ。
果樹園からの成果はまだたくさんあるし倉庫に溜まる一方だからもっとたくさん売ってもいいんだけど……あまりたくさん売ってると、値崩れよりも『どうやって運んでるんだ?』って怪しまれる方が心配なんだよな。収納系スキル持ちだと思われると、狙われるって話を聞いたこともあるし……。
なにか別に売る方法はないかな。
加工する?
お菓子とか。
ゼリー?
うーん。
悩んでいると足音が近づいてきたので咄嗟にスキルを解除する。
「どうぞ」
ノックの音に答えると、前に見た眼光のすごいお嬢さんがいた。
その後ろには騎士っぽい男たちが控えている。
「あの、お茶をお持ちしますので……」
「けっこうだ」
「は、はい」
さらに後ろにいた受付嬢の好意は冷たく拒否され、彼女は去っていってしまった。
寂しさと申し訳なさと感じつつ、立ち上がってお嬢さんたちを迎える。
鎧姿のお嬢さんは俺をじろりと眺め、それから対面のソファに座った。
「それで……手配書の件で話があるそうだな」
どうやら、先日のことは覚えていないみたいだ。
まぁ、たくさん声掛けした内の一人だろうから仕方がない。
「はい。これです」
足下に置いていた小樽をテーブルに置く。
怖いからさっさと用件を済ませてしまおう。
「それは?」
「お探しのものです」
「っ⁉」
「生死問わずでしたから」
と、一応弁護しておく。
小樽の蓋を開けて、裏返した蓋の上に中身を置く。
血がすっかりと抜けて白くなったそれを見て、お嬢さんの目が驚愕に見開かれていた。
「……お前が、倒したのか?」
「ええ、まぁ……」
お嬢さんの問いに頷く。
嘘ではない。
びっくりの結果ではあったけど、嘘ではない。
「嘘だ!」
そう叫んだのはお嬢さんの背後に立っていた騎士だった。
「あの『剣鬼バン』をお前如きが倒しただと⁉ そんなことがあるものか!」
バンってそんな風に呼ばれていたのか。
そのことに驚いたけれど、そう叫んだ騎士の仲間たちまでが「そうだそうだ」と頷いていることにイラっとした。
「誰か別の者が殺したのだろう」
「お前はその功績を盗んだな」
「卑怯者め!」
そんなことを言う。
「では、いいです」
ここまで言われるとは思わなかった。
いくら俺が弱虫の雑魚冒険者だとしても、いきなりこんなことを言われる筋合いもない。
五百万Lは惜しいけど、いまの俺ならいずれ手に入る額でもある。
「なに?」
「この首はあなたたちが探している首ではないということでいいです」
首を小樽に戻し、蓋をする。
「あなたたちはこれからもその『剣鬼バン』という人物を探してうろうろしていればいい」
小樽を抱えて立ち上がる。
「俺が持ち込んだ物があなた方の探している物でなくて残念です。それでは」
「待て!」
ドアに手をかけた俺をお嬢さんが止めた。
振り返って、お嬢さんと目が合った。相変わらずの眼光にぞっとする。
だけど、その目が震えているようにも見えた。
「配下の非礼はお詫びする」
「はぁ……」
「その首はまさしく私たちが探している犯罪者だ。目元のほくろなどの特徴からしても間違いない」
ああ、やっぱりバンがそうなのか。
本当に、なんでそんなに転がり落ちてしまったのか。
こっそりとため息を吐く。
「報酬は約束通りに支払おう。おい、商業ギルドの者を呼んできてくれ」
「はっ……しかし……」
「そうか。ではお前はこれからも犯人捜しを続行するがいい。私たちはこの首を持ち帰る。こやつ以外で商業ギルドの者を呼びにいきたい者は?」
「私が行ってまいります!」
「では早くしろ」
最初に嘘だと叫んだ騎士がまだ粘ろうとしたけれど、そのせいでお嬢さんの怒りを買ったみたいだ。
まさかの人生急展開に騎士の顔色は真っ青だけど、俺がどうこうする問題でもないので放っておく。
駆足で出ていった騎士が戻ってくるまで、俺は小樽を膝の上に乗せたまま待っていた。お嬢さんも喋らないし、背後の騎士も黙ったまま。
例の残念な騎士が俺を睨んでいるけど、いまさら知ったことではない。
「お待たせしました。あら、アキオーンさん?」
「あ、リベリアさん?」
生鮮食品担当のリベリアさんがどうしてここに?
「保証人として参りました。動ける者が私しかいなくて」
「はぁ、そうですか」
「では、商業ギルドの者も来たので報酬の手続きを行おう」
お嬢さんがそう言うと、手元から紙を出してさっと書いた。
最後に名前とハンコのような物を押してリベリアさんに渡す。
リベリアさんはその紙に書かれた内容を確認して頷くと、こちらも鞄から板のような物を出してその紙の書かれている方を板に向けて押し付ける。板が光るのを確認すると今度はその板の上部にお嬢さんの親指を当ててもらっていた。
それから俺にも親指を当てさせた。
「はい。書類の模写と契約者の魔力識別登録は完了しました。では、こちらの為替手形はアキオーン様にお渡しするということでかまいませんね?」
「うむ」
「はい。ではアキオーン様、こちらをお納めください。そして、取引対象をあちらのお嬢様にお渡しください」
「あ、はい」
てきぱきと進行するリベリアさんに逆らわず、小樽をお嬢さんに渡す。
「では、以上で契約はなされたということでよろしいですか?」
「ああ」
「ええと、はい」
「では、皆様お疲れさまでした」
「アキオーンとやら」
と、すぐに立ち上がったお嬢さんが俺に声をかけた。
「はい」
「感謝する」
そう言い残してお嬢さんは去っていった。
「さて、アキオーンさん」
「はい」
リベリアさんに話しかけられて、俺はそちらを見る。
「これからどうなさいます?」
「これから?」
「そちらの為替手形です。そのままだとアキオーンさんの立場だと使い勝手が悪いと思いますので、換金をお勧めしますけど」
「あ、ああ……なるほど」
あちらの知識で為替手形の意味は分かる。
持ち歩けない量の大金を紙や木札なんかで代用するのだ。
もちろんそこには、それを発行した商店や組織の信用度が必要になって来る。
いま、俺の手にある金属の板は商業ギルドが発行した為替手形だ。きっと、お嬢さんの家が商業ギルドに預けていて、冒険者ギルドで取引するから為替手形で持って来たということなんだろう。
「もちろん、換金をお願いします」
「では、これを機に商業ギルドの銀行口座を作りませんか? 資金運用など任せていただけると嬉しいのですけど」
「はははは」
あっというまに銀行の営業の人みたいになったリベリアさんにちょっと癒された。
ああでも交渉してくる人に癒されるとかやばい気がするなぁ。騙されそうだなぁ。
でも、別にいいか。リベリアさんだから。
あ、でも。
「ではちょっと、お願いがあるんですけど」
「はい?」
そのまま談話室に居座ってリベリアさんにお願いごとの内容を話した。
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