05 夜の出会い


 日帰りがいつもとはいえ簡単な夜営用の道具ぐらいは持っている。


「はぁ、しまったなぁ」


 焚火の用意をして火が大きくなるのを見ながら俺はため息を吐いた。

 まだ暖かい季節だからいいけど、冬にこんな目にあったらと思うとぞっとする。


「ちょっと注意力が落ちてるな。気を付けないと」


 リアルな生活がかかっているとはいえゲームをやっていて時間を忘れるなんていつ以来だろうか。

 懐かしさと落ち込みが混ざって奇妙な感覚だ。

 木を背もたれにしてぼーっとしていると腹が鳴った。

 昼飯分しか買ってないのでなにもない。


「そうだ」


『ゲーム』を起動。

 ゲームのクラフト機能には料理もある。

 料理と言っても屋敷の中に飾るだけのものなんだけど、それでも料理だ。

 料理……だよな?


 試しに……と朝和定食を選んでみる。

 300L。ミートサンド二個分と考えると高いようなそうでもないような?

 いや、この国には米がないし、もちろん味噌もない。陸地ばかりの国だから魚料理も貴重だ。

 そう考えるとこの朝和定食の値段が300Lなんて超破格だ。


 出てきたのは白いご飯とみそ汁と焼き鮭。そして香の物。


「うあ……」


 久しぶりに嗅いだ白いご飯とみそ汁、それに焼き鮭の匂い。小さな湯飲みではお茶が湯気を上げている。

 箸もちゃんと付いている。

 もう全部に泣きそうだ。


「いただきます!」


 手を合わせて食べる。

 美味い。

 塩のしっかりした焼き鮭の味。

 それと一緒に食べるご飯の甘み。

 味噌汁の旨味に口の中で解ける豆腐の感触。


「ふっぐうぅぅぅ……」


 泣くほど懐かしい。

 本気で涙が止まらなかった。

 向こうで生きていたぱっとしない人生。振り返っても何もないと思っていたけれど食べ物にはしっかりと郷愁が宿っていて、俺のセンチな部分を抉り出してきた。


「ごちそう……様でした」


 米粒一つ、香の物も残さずに食べきった。

 お茶で口の中の残滓を流すのも惜しい。


「……このために頑張れる」


 しみじみとそう思った。


「おい、お前……」


 幸せな気分のまましばらくぼうっとしていると、いきなり声をかけられた。


「ふへぇぇぇ! 誰だっ⁉」


 腰が抜けそうなほどびっくりした。

 立ち上がろうとして失敗してずっこけてしまうぐらいに驚いた。


「だ、だだだだだだだだだだ誰だ⁉ どこだ⁉」


 ずっこけたまま地面を転がって焚火から離れる。

 見渡しても誰もいない。


「くくく……そう驚くでない。いま姿を見せてやる」

「へ? ええ?」


 そう思っていると焚火の側にふわりと人の姿が現れた。


「な、え?」


 そこにいるのは紅いドレスで黒い髪の貴婦人だった。

 まだ若い。

 若奥様かご令嬢かぐらいの年頃だ。

 とても美しい女性だ。

 ただ、比例するぐらいに気が強そうだとも感じた。


「……どなた様で?」

「妾はファウマーリ・レィバ・タランストレア大公爵じゃ」

「は、はは~お貴族様で……」

「む……」


 俺が頭を下げるとご令嬢……名乗りを聞くなら大公爵様が不機嫌になった。


「貴様、妾のこと知らぬな」

「す、すいません」


 このおっさんの人生全て掘り返しても貴族との関りなんてないのだ。

 国の貴族のことなんて詳しく知らない。


「やれやれ。妾は祖王リョウの三女じゃぞ」


 ソオウ?


「この国……ベルスタイン王国を興した方の名じゃぞ。国民の癖に知らぬのか?」

「申し訳ありません」

「やれやれ……」


 よくわからないけど貴族を怒らせたかと平身低頭を続ける。


「もうよい。頭を上げよ」

「しかし……」

「そなたに頼みがあるのだ。このままでは話しにくい」

「は、はぁ」


 恐々と顔を上げた。


「ほれ、そこでは寒かろう。もっと火に寄れ」

「は、はい」

「ほれ、ここがお前の席だろう」


 言われるままに焚火の元いた場所に座る。

 ファウマーリ様は俺の対面に立って見下ろしている。


 立っている?


 あれ?

 豊かに広がったスカートの下に足が見えないような?


 もしかして?


 俺がおそるおそる見上げると、ファウマーリ様はにやりと笑った。

 途端、彼女の周囲に青い火の玉が現れた。


「無知のようだから教えてやるが、妾の父である祖王リョウは三百年も昔の人物じゃぞ?」

「え? それは……」


 つまり、その娘のファウマーリ様も?


「妾は魔法が得意での。その結果、不死の秘法を手に入れたのだ」


 不死の秘法?

 それってもしかして、ファンタジー的に言うとアレ?

 リッチ的な?


「そ、それは……」

「怖がる必要はない。別にお前の生気を啜りたいわけでもない。願いは別のことだ」

「はぁ……」

「先ほど、面白いことをしておったよな?」

「うっ……」


 まずい。

 見られてた?


「どうやら特殊なスキルを持っておるようだな」

「あ、そ、それは……」

「それはよい。己のスキルを秘密にしたいのは誰でも同じよ」

「あ、は、はぁ……」

「妾の願いはな、さきほどお前が食べていたアレよ」

「アレ?」

「アレはもしや、白米があったのではないのか?」

「あ、は、はい」

「やはりか!」


 ファウマーリ様の予想外の喰いつきにびっくりした。


「実を言うとな、ソレを分けて欲しくて声をかけたのよ」

「ええ⁉ でもなんで?」

「妾の父がな、ずっと食べたがっておったのだ。もう一度、アレを出すことはできるか?」

「は、はい。ちょっとお待ちを……」


 俺は慌てて和朝定食をもう一つ買って取り出した。


「こ、こちらです」

「ほう。面白いな」


 四角いお盆に乗っているそれを渡す。


「しばし待っておれ」


 ファウマーリ様はそれを受け取ると、そのまま消えてしまった。

 ほっとしたのも束の間、すぐにファウマーリ様が姿を現した。


「よくやった。これは褒美じゃ」


 そう言うと俺に向かって金色の木の実を投げてきた。

 両手でキャッチ。

 見た目はサクランボみたいだ。


「これは……?」

「食べればわかる。とても良いことが起こるぞ。ああ、そうじゃ。雨具があるならすぐに用意しておいた方がいいぞ」

「え?」

「祖王の喜びのほどを知るが良い。それを為したのはお前じゃ」


 そう言うとファウマーリ様は消えた。

 今度はもう戻って来ることはなかった。

 そしてそれからすぐ、ファウマーリ様の言う通りに雨が降り出した。

 急いで『ゲーム』からテントを買った。

 3500L。

 ポーションを売って手に入る予定の儲けがこれでなくなった。




 アキオーンは知らない話だが、その雨は一晩凄まじい勢いで降っていたのだが、国内でどこも水害が起きることはなかった。

 それどころかその雨を契機に国では近年まれに見る豊作に恵まれることとなった。




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