06 黄金の木の実


「う~ん」


 土砂降りの雨がテントの幕を激しくたたく中、俺は考えていた。

 雨のせいで焚火も消えているし、テントの中だから意味もない。毛布にくるまってもらった木の実を眺める。

 ファウマーリ様がくれた黄金の木の実をどうしたものか?

 食べてしまうか、それともゲームの中で育ててみるか。


 不死の王(女王?)がくれた木の実だ。

 もしかしたら悪い物かもしれない。

 でも感謝されているようにも感じたから良い物である可能性の方が高い。


「増やしてみようか」


 良い物でも悪い物でもこの世界からゲームに持ち込んだものが増やせるのかどうか、色々試したくはある。


『ゲーム』を起動する。

 さっきの続きだから交易所の前にいたので薬草の時と同じやりとりをしてみる。

 キーボードで「黄金の木の実」と入力。設定できる買取価格の最低額は1Lだった。


 以前にゲームの中での損なんて大したことないんだから買取価格を最高額に設定しようかと思ったこともある。

 でも、止めた。

 なんだかそれもずるいよなと思ったのだ。

 だから、できるだけゲームの中にも損がないようにしているつもりだ。


 ただあまりシビアにする気もない。ハードモードが好きなわけでもない。ノーマルかイージーぐらいで楽しんでいるつもりだ。

 誰に言い訳しているのかわからないが、最低額の1Lで売ってゲームの中に移動させる。

 試しにそのまま売り設定してみると、最低売値は1Lだった。


「リンゴより安いって」


 と苦笑しながら売り設定を解除して果樹園に持っていくとその一角に植えた。

 すぐに芽が出たので増やすことはできそうだ。


 畑に植えた薬草を見ると、こちらも芽から成長している。

 うまくいきそうだと思いつつ、次に何をするのかを考える。

 いまの自分の希望だと住む場所をランクアップしたいぐらいしかない。

 なにをするにしてもお金が多い方がいいに決まっているのだけれど、このままダラダラと暮らすだけなら週に一回リンゴを売るだけでも問題ない。


 だけど、本当にそれでいいのか?


「冒険?」


 この世界での冒険者、特に荒事が得意でもない連中は鉄級冒険者と呼ばれ、日雇い労働者と同じ扱いだ。俺もその枠の中にいる。

 そのことが悪いとは思わない。

 どんな立場であれ人生なんて楽しんだもん勝ちだと笑っている俺より年配の人だって知っている。

 だけど、俺は笑えていない。いなかった。


『努力が実られたんですね』


 冒険者ギルドの買取コーナーのお姉さんに言われた言葉が頭の中で再生される。

 商業ギルドのクールビューティなリベリアさんに名前で呼ばれた時も嬉しかった。


 ああ、そうだ。

 俺は誰かに認められたい。

 承認欲求を満たしたい。

『ゲーム』の能力に気付いたいまこそ、それができる時なんじゃないのか?

 むしろ、こんな盛大な能力で背中押してもらえているのに何もできないなら、俺は本当の意味で何もできないんじゃないのか?


 そうだ。

 村から追い出されて王都に流れた時、近い年頃の子たちと話し合った冒険者としての成り上がり……いまさらだけど目指してみてもいいんじゃないのか?


「冒険者と言えば、ダンジョンだよな」


 ダンジョンに挑戦して、巨万の富を見つけ出す。

 未開の土地を切り開き、そこを自分の領地にする。


 そういうことをするのが冒険者だ。


「目指して……みるか?」


 怖い気もする。

 無難な日雇い生活を送ってきているが、それでも冒険者生活二十年以上だ。

 怖い目に遭ったのも一度や二度ではない。

 そのとき、自分がどうしたか?

 あのとき、一緒に頑張った仲間たちはどうしたか?


 あの時にも分岐点があったなとため息が零れる。


「でも……目指してみるか」


 そう呟いてから、ようやくテントを打つ雨音に慣れて眠ることができた。


 夢の中で初めてゴブリンに会った時の記憶を見た。

 未開発地域内にある勢力争いに敗北して頻繁に外に溢れ出しては人類の生息圏に進出してくる代表的な魔物だ。

 持っている武器も、ほとんどが石斧のようなものばかり。


 そんなゴブリンに初めて遭遇したのは商隊護衛の人数合わせで参加した時だ。

 ベテラン二人に俺を含めた十代のなり立て冒険者三人。

 俺たちは見張り役として参加していた。

 その三人は当時、仲良くしていた三人だった。一緒に薬草採りをしたりどぶ攫いをしたりして将来の夢を語り合った。

 三人でパーティを組んでダンジョンに挑戦するんだと言っていた。


 だけど俺はダメだった。

 商隊を襲ってきたゴブリンを前にして、戦えなかった。

 ビビってしまった。

 戦闘はベテラン二人があっさりと片づけたので問題はなかった。

 そして、そのベテラン二人が、仲間の二人に見どころがあると言って、商隊護衛の後、連れて行った。

 それから二人とは話していない。

 いつだったか、立派な鎧を着て歩いているのを見たが、あいつらも俺も、話しかけたりはしなかった。


「あああああああああああ!」


 そんなのを思い出して、起きた途端に鬱になってしまった。


 おっさんには思い出してはいけないことが多すぎる。


「チクショウ! 見てろよ!」


 だけど、そのまま落ち込み続けるようないままでの俺とは違う。

 見返してやると心に炎を燃やし、雨の止んだ森の中に飛び出した。




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