101 サマリナ


††イリア††


 いつの間にか眠ってしまっていて……いや、これはいきなりロックに攫われてしまったり、魔境の森深くに入り込んでしまったりでさすがに疲弊してしまっていて……いや、こんな危険地帯でいきなり深く眠ってしまうなんて冒険者失格……やっぱりあのから揚げという鳥料理が悪い。

 あれの美味しさがここが危険地帯だということを忘れさせた。

 だって、すごく美味しかったから!

 あんなものが野外で食べられるなんて思わない。

 いや、普通に街にいた時でさえ、食べたことがない。

 魔物料理だからあんなに美味しかったのか?

 希少なロックの肉を使ったから?

 アキオーンさんの秘密のスキルを使ったから?


 いや、それでもおかしい。


 だからって安心して眠ってしまうなんてやはりおかしい。

 なにか、別の力が働いているのではないか?


 そう、例えば、サマリナの特殊体質……。


「はっ!」


 ここで目が覚めた。

 グラグラと揺れていたのは悪夢のせいではないことが判明する。

 全身を拘束する巨大な存在……手だ。

 揺れているのは移動のために動いているから。

 そして、自分を掴んでいるのはその手に見合う巨大な魔物。


「わ、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 思わず悲鳴を上げてしまったけれど、巨大魔物は相手にせずにどこかに向かって進み続ける。


「サマリナ……サマリナ様!」


 自分がこの状態なのだからサマリナもきっといる。

 そう確信して視線を巡らせると、いた。

 なんと巨大魔物の肩に。

 魔物の耳を掴んだ彼女は肩の上に悠然と立ち、進む先を見つけている。


「サマリナ様!」

「…………」


 イリアの呼びかけに彼女が答える様子はない。

 まただ……と思った。

 ロックに攫われた時もそうだ。

 彼女はいまのように意識があるかどうかわからない状態となる。

 魔法による魅了などの精神異常の状態に似ている。

 つまり、サマリナの特殊体質は攫われやすいのではなく、自身で攫われるように仕向けているのではないか?

 ロックの時に浮かんだその疑問が、ここで確信に変わりつつある。

 だとすれば、さっきまで深く眠ってしまっていたのもサマリナが原因なのか?


「はっ! アキオーンさん!」


 彼は?

 見回すが彼の姿がない。

 もしかして、この巨大魔物に?

 不安が下腹を締め付けていると、いきなり巨大魔物が動きを止めて振り返った。

 イリアを掴んでいない左腕を持ち上げると、その手に魔力が集まっていく。

 そして投射。

 凝集した魔力の光が闇を払って突き進んでいくが、ある地点でそれが爆散した。

 そこにある小さな存在が爆光の中で濃い影を作り出している。


 もしかして……?


 次の瞬間、その影が消えた。

 ……と思ったら全身に凄い衝撃が走った。

 なにかと思うと、巨大魔物の腹に大穴が開いている。

 その衝撃だったのかと理解すると同時に、イリアは宙に放り出された。

 サマリナも……。


「サマリナ様!」


 と、声を上げたイリアになにかが巻き付き、そしてそれはサマリナも掴んだ。

 植物の蔓のような?

 アキオーンのスキルだと気づいた時には落下が始まり、木々の葉を打ち鳴らしながら着地した。



†††††



 ふぃぃ……。

 救出成功。

 踏み台になりそうな立派な木を見つけたのでそれを使っての『瞬脚』で一気に距離を詰めて『樹霊クグノチ』で倒した。

『血装』で強化してあったのでスキルもゲット。『支配力強化』が成長した。

 空中で血泥に変わったので即座にマジックポーチに収納した。

 満月で変身する宇宙人みたいだったけど、『鑑定』で見た名前はグレイティアガリアガリア。

 ガリアが支配階層に進化した姿らしい。

 手から魔力弾みたいなのを投げた技が気になったけど、手に入らずじまいか。

 たぶんだけど、あれが警護に置いていたクレセントウルフを一掃したんだと思うけど。


「大丈夫?」


 地面に降ろしたイリアを見ると、ぼうっとしているようだった。

 ちょっと衝撃が強かったかな?

 俺にとってもそうだけどね。

 チートを手に入れたとはいえ、いきなりバイオレンスに人生が激変しすぎだよね。

 なら、冒険者を辞めればいいって?

 それはちょっと……。

 つまりは望んで起きている騒動ってことか。


 うん、受け入れよう。


「……おや、これはどういう状況かな?」

「サマリナ様!」


 サマリナの声でイリアも我に返った。


「また攫われたのかな? いや、すまないねぇ」

「それよりも……」


 カラカラと笑うサマリナにイリアが何かを言おうとしたけれど、それを俺が止めた。

 なにか、いる。


「誰だ?」


 言ったのはこちらではない。


「そっちこそ」


 と言い返す。


「ふむ。どうやら人間のようだな」


 相手の気配がこちらに近づく。

 うわっ。

 気付かなかった気配がたくさんあった。

 というか、いつの間にか囲まれていた。

 十人以上だ。

 まだ、他にも隠れている気がする。

 全員が弓を構えて威圧している。


「我々はベルスタイン王国の人間だ。君たちは何者だ?」

「ほう、その王国は本当にあったのか。老人たちの妄言ではなかったのだな」


 サマリナの声に、最初から聞こえていた声の主が応じた。


「敵意がないなら我らの集落に招待するが、どうする?」


 声を上げたのはサマリナなのに、なぜかその声の主……女性は俺を見てそう言った。


「……ええと」


 サマリナとイリアを順に見て確認。

 二人とも頷いた。


「よろしくお願いします」


 答えて、俺は『樹霊クグノチ』を解除した。



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