60 祖王、語る
「ゲホゲホ」
お茶でむせる祖王にファウマーリ様が背中を撫でている。
「アキオーンよ……ゲホ」
「はい」
「お前さんに足りないのは自信だな」
「はぁ」
「考えてもみろ。お前はいまでも世間的には銀等級の冒険者だぞ。それに、自覚はしているだろう? そこらにいる程度の連中に負ける気なんかないだろ?」
「まぁ……そうですねぇ」
「驕りたかぶられるのも迷惑だがそこまで自信がないのもなんだかもにょるな。『夜の指』を壊滅させたときのメンタルを思い出せ。その時の感覚で女の一人でも口説いてみろ」
「そんなこと言われても……」
彼女いない歴が前の人生+こちらの年齢なのだ。
一生涯彼女なし独身で寿命を迎えましたといってもおかしくないぐらいに一人で生きていることになる。
いまさら他人にあけすけな内面を晒すのは、なんだか気恥ずかしい。
「まぁ、気持ちはわかるがな。俺だってこの見た目だ。あっちでもモテなかったしな」
「あっち……」
「もうわかってるだろ? 俺もお前と同じ、あっち側からの来訪者だ。俺は転移だが、お前は転生か?」
「ああまぁ、そうみたいです」
「なんの因果か企みか、俺たちはこっちいて、なんらかのチートを持っている。まっ、だからっていきなり好きにしろとか言われても困るよな。だけど……あっちのままの自分でいるのもしんでぇだろ? もうちょっと自分の欲を解放してみたらどうだ?」
「…………」
「まっ、そんなに深く考える必要はないさ。むしろ、考え過ぎるな。人生を楽しめ」
「楽しめと言われても……」
「例えば、囲い込んだエルフ娘たちに手を出すとか?」
「……なに言ってるんです?」
ほんとに何を言ってるんだ?
「まだ子供じゃないですか。それはさすがに……」
「ああん? ああ、知らないのか。そうか、ルフヘムの白エルフどもはそうそう自領から出てこないしな」
「なにを?」
「あいつら、もう成人だぞ」
「……え?」
「エルフが成人かどうかを確かめる方法はな、耳の先を確認することだ。子供は耳の先がほんのり赤い。もうちょっとぐらい成長するかもしれないが、そりゃ高校生で身長が伸びるかどうか程度の誤差だな」
「は? え?」
「で、だ。あそこの連中は食事が菜食偏重なこともあってな、あんまり体が成長しないんだよ。食べてもたまに兎ぐらいじゃないか? ご馳走で鹿とか」
「…………」
「うちの国が牧畜が盛んで、当たり前にパンと肉を食えるようになってるのは俺がすごい頑張ったからだからな。国内の魔物をどんだけ殺しまくったか」
「あの頃の父様はいつも国中を飛び回っておりましたな」
ファウマーリ様がうんうん頷いている。
「国民のガタイの良さはそのまま生産力と戦力と他国への威圧力に繋がるからな」
ミートサンドが格安食品という謎には祖王の努力という真実が存在した?
いや、そんなことより。
あの子たちが大人?
ええ……嘘ぅ。
いや待て。
祖王は高校生が身長が伸びる程度とか言っていた。
つまり、まだ高校生ぐらいってことだ。
それならアウトだアウト。
「……言っておくが、こっちの世界じゃ高校生ぐらいで結婚して子供を産むのはよくあることだからな。貴族なら結婚適齢期だ」
「俺の心を読まないでくれます?」
「ま、見た目が好みじゃないっていうなら他に声をかければいいだろ」
「うっ……」
「同じ冒険者ならどうだ? 奴らは実力偏重だからお前がもっと見えるところで活躍すればモテるだろ?」
「ええ……そうですかぁ?」
西の街で会ったミーシャとシスのことを思い出すとそうとも言えない気がするんだけど。
そのことを話すと祖王がまた笑った。
「そりゃ、出会いなんて全部が全部ベストマッチになんてなるわけないんだから、失敗ありありで考えないとなぁ」
「だから、それがもう……」
「それなら、貴族でいいのを紹介してやろうか」
「え?」
「その代わり、お前にはこの国に忠誠を誓ってもらうぞ」
「う……」
「ははは、嫌か。嫌だよなぁ……そうだよなぁ。俺だって最初に惚れたのが妻じゃなかったら国なんて作ろうとは思わなかったしなぁ」
「なにか長い話がありそうで」
このまま俺の話が続くぐらいなら祖王の思い出話に移行するぐらいなんでもない。
「お? 聞くか? 聞いてくれるか?」
「はい」
と、ファウマーリ様が持って来てくれた百年物のワインを開けて、祖王の思い出話を聞くことにした。
夜明け前に二人は帰っていった。
さっそく汚れたキッチンの掃除をしてやれやれと雨戸を開けていく。
新しいベッドを試すのはまた明日かな。
「あ、そうだ」
エルフ娘たちのところにも天丼の容器があるから回収しないと。
と、思ったけど、すぐに足が止まる。
子供だと思っていたけれど、もう成人なのか。
成人女性の部屋に許可もなく入るのはまずいな。
ま、起きてからでもいいか。
長話の途中で出したティーセットで改めてお湯を沸かしてお茶を淹れる。
『ゲーム』を利用しまくるのもいいけど、茶葉とか簡単な食事ぐらいは作れる程度に物は揃えておかないとなぁ。不意の来客なんかをもてなす時になにも用意がないと怪しまれることになる。
沸いたお湯でお茶を淹れて一息ついていると、ドアの開く音がした。
エルフ娘の一人が起きて来た。
フェフだ。
「あ、おはよう」
「おはよう……ございます」
フードを外した彼女は気まずそうな顔で台所にやって来た。
「顔洗うかい? いまならお湯もあるよ」
「あ、はい」
フェフが顔を洗っている間に新しいお湯を沸かす。
そうこうしている内に他の二人も起きてきたので、お茶を三人分用意し、朝食も考える。
といっても『ゲーム』から取り出すだけだけど……。
「え? 三人とも、お肉より野菜の方がいいのかな?」
祖王が言っていたことを思い出してしまった。
そういえば、一番安いから仕方ないとはいえ、初めて会った時にミートサンドを食べさせてしまった。
昨日も天丼だったし。天ぷらの半分ぐらいは野菜だからいいかもだけど。
他にもなにか肉食を強要したことってあったかな?
「「「いえ、お肉でも全然大丈夫です」」」
三人揃って同じことを言った。
どうも、この街に来てから肉食に目覚めてしまったらしい。
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