108 寿司くいねぇ


「この場でそこまで畏まらなくてもよい。なにより祖王様のお客人であろう? 気にするな」

「はぁ」

「そうだぞ。アキオーン」

「妾は安心しましたがの。そなたも王を前にしたら膝を着くぐらいの常識はあったのじゃな」


 なにげにファウマーリ様がひどい。


「まぁそんなことはいい。ほれ、ベルサリ。続きをしながらアキオーンの話を聞け」

「……そうやって私の気を削ごうとしても無駄ですよ」

「ふふん。言ってろ」


 ベルサリ陛下が祖王の対面に座る。

 チェスの対戦者はこの人だったようだ。


「では、聞こうか」


 ベルサリ陛下が駒を動かしてから言う。

 俺はついさっき話したことを繰り返した。


「ポートピナ伯爵家の娘か。話には聞いていたがそういう理由があったとは」


 ベルサリの駒を打つ手に淀みはない。

 対する祖王の顔色はよくない。押され続けているようだ。


「ファウマーリ様はなにか心当たりは?」

「ポートピナ家の祖は妾の弟だな」


 ベルサリ陛下に促されたファウマーリ様がそう呟く。


「え?」

「うん? なんじゃ?」

「あ、いえ……サマリナが似ているのでファウマーリ様の子孫かと」

「妾に子はおらん」

「これは失礼しました」

「よい。弟とは母が同じじゃ。遡ればそこのベルサリの祖先も妾と同腹の兄妹じゃな」

「はぁ」

「それで話を戻すが、弟の妻はたしか、どこぞで見つけてきた冒険者の女だったな」

「ああ、思い出した。あの女か」


 祖王が頷く。


「あの頃は大開拓時代だったからな。そこら中で魔物国家と争っていたんだが、あの女は確かに強かったからな。しかも息子を気に入っていたみたいだからさっさと結婚させて取り込んだな」

「一応、お聞きしますけど、その女性の名前はピナとか言いませんでした?」

「……いや、たしかクルシャじゃなかったか?」

「ええ、その通りです」

「そうですか」


 祖王の活躍したころとあの婆さんの姉妹だと時代が違うはずだから、外れるとは思っていたけど……うーん、やっぱり違ったか。


「とにかく、サマリナは先祖の里帰りをしているということだな? わかった。伝えておこう。王手です」

「ぬうっ!」


 ベルサリ陛下の打つ手には本当に淀みがなかった。

 流れるような王手に祖王はしばらく盤面を睨んでいたが、最後には頭を抱えて「ない!」と叫んだ。


「次の試合はしばらくいいですぞ」

「まぁまぁ待て待て」


 そのまま去っていこうと立ち上がるベルサリを祖王が止めた。

 相変わらず、なにか企んでいそうな口角を上げた顔だ。


「さて、アキオーン。まさかその報告のためだけに俺たちのところに来たわけではなかろう?」

「うっ……」


 まぁ、メインの理由はそれなんだけどね。

 でも、他に理由がないわけでもない。


「ピナという名前が出ていたな。それに思いつくものがあると言ったらどうする?」


 うわぁ。

 その名前を出しただけで、なにかを察したわけだ。

 できる男は違うってこと?

 態度に出てしまっているんだろう、祖王の口角がさらに吊り上がる。


「さあさあ、魚心あれば水心だ。美味いものを出せ」

「はぁ……」


 まぁ、なにかを出すのはそのつもりがあったからいいんだけどね。


「じゃあ、魚を」

「おっ」


 チェスが片付けられた東屋のテーブルに大きな寿司桶を置く。

 ちゃんと醤油と醤油皿もある。

 わさびもね。


「おおおおおおおおおっ! 寿司か!」

「寿司です」

「なんじゃこれは?」

「なんですか?」


 寿司桶を覗き込んでファウマーリ様とベルサリ陛下が首を傾げている。

 王国は内陸国家だからなのか、魚料理が少ないんだよね。

 大河もないし。


「後は寿司なのでこちらの純米酒を」

「日本酒か! わかっているなぁ」


 一升瓶と人数分のお猪口も出す。

 こっちはまだ売りに出していない。

 だって、作った米のほとんどはご飯に回しているからね。

 量が作れない。


「魚?」

「もしかしてこれ、生なのではないか? アキオーン?」

「ええと……新鮮な魚の切り身などを酢を混ぜた米と一緒に食べる料理です」

「生……だと」


 だよねぇ。

 生食の文化がないものねぇ。


「まぁ、見ていろ。ほれ、注げ」


 祖王がお猪口を持ったので、純米酒を注ぐ。

 まさか祖王に注いでもらうわけにはいかないのでこっちは手酌。


「ぷはぁ!」


 きゅっと飲んで満足げに息を吐き、祖王は箸を使って寿司を掴んだ。

 いきなり大トロをいきますか。


「美味い!」


 祖王が目を輝かせて吠える。


「わははは! まさしく口の中で溶ける。向こうでもこんないいトロは食べたことがないぞ。さすがはアキオーンだなぁ」

「それはどうも」


 このまま食べきられてはたまらないので、俺も大トロを確保。

 わさびをちょんと乗せて醤油をつけてパクリ。


 なにこれふわとろ~。


「あ、美味~い」

「うむ、美味い」

「美味し~い」

「このハマチもいいなぁ~」

「イクラ軍艦もいいですよ」

「ウニも甘いなぁ」


 寿司は俺と祖王だけで食べた。

 おっさん二人でふわふわ~っとした雰囲気で寿司を楽しむ。

 ファウマーリ様とベルサリ陛下は純米酒だけを飲んで唸っている。


 まぁ、無理強いはしない。

 生食だからね。

 それに、二人で食べきれそうだし。


「アキオーン、妾たちにもつまみを出せ」

「魚ですか?」

「肉で頼む」


 ファウマーリ様にそう言われたので、少し考えて焼き鳥盛り合わせにしてみた。

 居酒屋メニュー。


「おいおい、それは俺もいるぞ!」

「はいはい」


 というわけで追加。

 そのまま俺たちは宴会を続けた。



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