109 ピナ
「ふう……」
寿司桶が空になった。
一升瓶もあらかた飲み尽くし、祖王が満足げな息を吐く。
でもまだ焼き鳥盛り合わせが残っているけどね。
「さて、ピナのことだったな」
祖王が言う。
一瞬、肩が震えた。
……寿司の美味さでちょっと忘れていた。
うん、ちょっと。
ちょっとの間だけ。
「……覚えがおありで?」
「ああ。今話題の小国家群でな」
その言葉で祖王とファウマーリ様が意味ありげな視線を投げかけてくる。
知らんぷりしたい。
「……おかわりいります?」
「もらおう」
純米酒の一升瓶追加で。
「それで?」
「ああ、ピナはな。小国家群の一つ国で聞いた名だ。何代目かの女王だな」
「女王」
「ああ、革命して国を乗っ取った女傑だ」
「革命って……」
いや、そういうことしそうな一族だったけど。
「弁護するわけじゃないが当時のその国は犯罪国家とまで呼ばれていてな。それを立て直した立派な人物でもある」
「犯罪国家?」
「うむ。その辺りは鉱山が多くてな。当時は鉱夫を賄うために大量の奴隷を手に入れていた。鉱山の仕事は過酷だし、あの辺りは魔物国家もいくつかあって鉱山の奪取をいつも企まれているような状況だ。死人はいくらだって出ていた。うちも犯罪奴隷を何人も売りつけたな」
当時を思い出している様子で祖王が話を続ける。
そんな風に命の価値が低いのに鉱山での儲けで都市は潤っている。人々の風紀は乱れまくり、倫理や道徳は紙くず以下の存在となり、悪い遊びや薬が出回り、魔物国家と戦うために危険な人体実験が行われたりもしていた。
そんな状況を変えたのがピナという女性だ。
彼女は一部の奴隷たちをまとめて蜂起すると、国を牛耳っていた者たちを粛清して君臨した。
そして今に至る。
「今は鉱山周りを完全に掌握し、鉱夫たちの安全にも配慮されるようになっている。鉱石の採掘量も安定してな。国としては円熟の状態だろうな」
「なるほど」
空になった祖王のお猪口に酒を足し、彼はそれで乾いた喉を癒した。
「それにしてもなぜピナを探す?」
「ははは、それは秘密です」
クエストのことまで話す必要はない。
「ふふん、どうせあのエルフの娘たち関連に決まっておる」
黙って焼き鳥を食べていたファウマーリ様が意地悪く言う。
「なんだかんだで執着しておるのだろう? 手を出したのか?」
「そういう話はしません」
「ふん。その態度からしてあの娘たちは無事のようだな」
「…………」
「失っておったらもっとひどいことになっておろう?」
「黙秘です」
「エルフの娘……」
ファウマーリ様の好奇心から何とか逃げようとしていると、今度はベルサリ陛下の好奇心を刺激してしまったようだ。
「そうか。お前が『獄鎖』を潰してくれたという冒険者か」
「ああ……まぁ……はい」
「ふむ。証拠やら色々と残してくれて感謝する。おかげで掃除が楽に終わった」
「あ、いえ、どうも……」
「報奨金はやれんが、その内、なにか便宜を図るとしよう。では、馳走になった。祖王様、ファウマーリ様、私はこれで」
「なんだもう行くのか?」
「遅くなると妻に怒られます」
「なら、仕方ないか」
「では」
ベルサリ陛下はそう言ってこの場を去る。
東屋を囲む生垣を抜けたところでパッと姿が消えた。
あの辺りがこの空間の境界線のようだ。
「さて、それでは俺もこれで……」
「なんだ、もう行くのか?」
「余計な者もおらんなったのだ。いかにしてルフヘムをぶっ壊したのか、そなたの武勇伝を語っていけい」
「おう、そうだそうだ」
「いやいやいや」
「もったいぶることもなかろう。ほらほら」
「いやいやいやいやいや!」
「アキオーンの、ちょっといいとこ見てみたい、ほれ……」
「それ違う掛け声!」
なんてことをやっている内に、結局、ルフヘムのことを全部話すことになってしまった。
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