119 本戦01


 トーナメント表が発表された。

 鋼の乙女とバシフィールはそれぞれ表の端っこで、二人が戦うのは決勝戦ということになる。

 俺は順調にいくと準決勝でバシフィールと戦うことになる。

 ナディは……たぶんこの『エルフ』というなんのひねりもない偽名だな。彼女は準決勝で鋼の乙女と戦うことになる場所だ。


 いや、それより……俺の名前、『たまねぎ』になってるんだけど?

 あれ? 『スノー』で登録したよね?

 え? 人気だからこっちに変えた? どうせ偽名だからいいだろって?


「ええ……」


 雑い。

 大会運営が雑いよ。


 そんなこんなで一回戦。

 闘技場を四面に分けているのだけれど、その一つでバシフィールが試合をするものだから歓声がすごい。

 試合のルールは予選とは違って10カウントダウンか気絶、あるいは降参をさせた方が勝ちとなる。

 試合中の殺害は審議対象。決着後の攻撃による死亡は違反。


「ちっ、くそ」


 歓声の中で俺の対戦相手が舌打ちを零す。


「お前、ちょっと人気出てるからって調子に乗んなよ」


 冒険者風の軽装な若者はそう言って俺に剣を突き付けた。

 人気?

 うん……バッシュへの歓声の隙間に「たーまねぎー!」が聞こえてくるから人気はできたみたいだ。


「予選じゃ派手なことをしたみたいだが、俺の方が強いってことを見せてやるぜ!」

「ああ、うん」


 その軽装通りの速さで若者は俺のすぐそばにまで来た。

 低い姿勢での接近は狭い兜の視界の外を狙っての行動だろう。

 そのまま掬い上げるように突きを放つ。

 俺は一歩後ろに下がってそれを避ける。


「んなっ!?」


 俺の前には両手を上に掲げて胴体が隙だらけの姿がある。

 そこに大盾をドーン。

『盾突』でもない。

 ただの盾殴り。


「ぐへっ」


 大盾に吹っ飛ばされた若者はそのまま地面に転がって起き上がってこなかった。


「勝者たまねぎ!」


 審判が勝ちを宣言し、歓声が沸く。


「バシフィールゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「バシフィール様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 あ、違う。

 バッシュももう終わったのか。


「たまねぎーーーー!!」


 あ、でもいるにはいる。

 子供たちだ。

 あの子たちにやっぱりメイスを振ってから闘技場の端に移動した。


「やっぱ強いな、たまねぎ」


 俺の隣に来たバッシュがうれしそうに言う。


「よその試合を見てる余裕はなかったよ」

「あいつ……お前の試合相手な。ここらの若手じゃ強い方なんだぜ」

「そうなんだ」

「それを簡単に倒したな」

「一撃に全部を賭けすぎたんだよ」

「それはお前が隙だらけに見えるからだよ。ほんとに変な奴だ」

「…………」


 それはね、俺の強さが積み上げたモノじゃないからだよ、きっと。

 でもまぁ、そんなことは言えないので黙っている。


「そういや、お前は鋼の乙女の戦いは見たことあるか?」

「いや、ないね」

「見ておきな。すごいから」


 残りの試合も終わり、一回戦の後半が始まる。

 そこに鋼の乙女が現れる。


「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」


 空が割れんばかりの歓声? 悲鳴? やっぱり歓声が起こった。

 トーナメント表の発表の時にも歓声はあったけど、今回はもっとすごい。

 鋼の乙女は、もうなんか、そういう魔法生命体だと言われても驚かないぐらいに体のラインを強調した金属鎧を着ていて、何度見ても現実感がちょっとずれた感じがする。

 技術レベルが他と違い過ぎる。

 ドワーフの名工が作ったのか、それともダンジョンのドロップ品なのか。

 どっちにしてもすごい鎧なのは違いない。

 まぁ、なにが言いたいかというと……えちぃよね。

 ただ、歓声は女性の声が多いのでそういう意味で人気があるというわけではなさそうだ。


 鋼の乙女の武器はハルバードだ。

 こちらも見た目からして普通ではない一品なのは明らか。

 対戦相手はがっしりとした体つきの歴戦の武人然とした人で、こちらも武器は槍……長柄だ。

 見た目からも強そうだけれど、鋼の乙女と対比されると泥臭さが際立ってしまう。


「開始!」


 歓声が止まない中、審判の声はほとんど掻き消え、その腕の動きで判断するしかないような状況だった。

 先に動いたのは武人だ。


「しっ!」


 鋭い息とともに突き出した槍が鋼の乙女の胸の中央を狙う。

 だが、鋼の乙女も最少の動きでハルバードを扱ってそれを弾く。

 しばらくは激しい打ち合いが続いた。

 これで馬に乗っていれば三国志の一騎打ちみたいだなぁとは思うけれど、同時にそこまで強くない?

 と思ってしまった。

 でも、武人の方は一合打ち合うたびに全身から汗が湯気のように飛んでいる。

 体温がどんどん上昇している証拠だ。

 だけど、鋼の乙女からは余裕を感じる。

 わざと武人に合わせてる?


「あれが鋼の乙女のスキル『魔鏡』だ」


 うれしそうにバッシュが言う。


「知っているのかバッシュ?」


 解説役をしたがっているみたいなので合わせてみよう。


「当たり前だ。俺ぐらいあいつと戦っている奴はいないぜ!」


 つまりそれだけ負けたってことなんだけどなぁ。


「それで、『魔鏡』って?」

「ああ、鏡合わせのように相手と同じ動きをしながら、しかしやがて相手を超えていくんだ」


 厄介だぜぇと、バッシュはとても嬉しそうに言う。

 秘剣木霊返し?

 なんか、そんな単語が頭に浮かんだ。


「鋼の乙女はあのハルバードをよく使うのかな?」

「ああ」

「だったら……」


 メイスで戦う気な俺にはあんまり関係ないなぁ。

 そして、あの武人と同じように槍を武器にするバッシュにとっては、鋼の乙女が相性的に最悪の敵であるということだ。


「ふふん」


 俺の考えを読んで……という俺がそう考えることまで想定済みって顔でバッシュが俺を見る。


「なんでこんな話をしたかわからないか?」

「……なんで?」


 自信満々なバッシュに、俺は考えることもなく先を促した。


「お前が鋼の乙女と戦うことはないからな。お前はその前に、俺と戦うんだ」

「そうだねぇ」


 うん、なんとなくだけど、そう言うだろうことは俺にもわかったよ。

 鋼の乙女は無難に勝利した。


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