125 本戦06


「ば、化け物!」

「魔物だぁ!」

「逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 悲鳴とともに観客たちが逃げていく。

 中には武器を手にして残っている者もいるが、闘技場に入り込むことには躊躇している。

 俺もナディが化け物? 魔物? になったことにびっくりして身動きができなくなっていた。

 そもそも人間から変化したんだから魔物なわけないか?

 ならやっぱり化け物?

 ……なんてどうでもいいことを考えてしまっていた。


 やっぱりどこかで緊張感が足りない。

 他人事だと思っているのかな?


「いまいくぜ!」


 次の行動に悩んでいると、隣のバッシュが闘技場に飛び込んでいった。

 ああ、行っちゃうんだぁと見守る。

 やっぱり足が動かない。

 視線を観客席に移すと、貴賓席はすでに無人になっていた。兵士たちが闘技場に向かおうとしているけれど、逃げる観客の波に呑まれて思うように動けていない。

 さらに視線を動かすと逃げる人の波に押し出されて動けなくなっている子供たちがいた。

 どうやら一人が転げて足を怪我しているらしい。


「大丈夫かい?」

「あっ、たまねぎ!」

「まぁまぁ、それはともかく」


 人波との間に壁を作るように体を押し込んで座り込む。

 角でぶつけたのか、けっこうひどく膝が割れている。


「うわぁ、これ痛そう」


 そう言いながら『回復』を使って癒す。


「うわぁ」

「すっげぇ!」

「たまねぎって魔法も使えるんだ!」

「すげぇすっげぇ!」

「はいはい、どうも。もう痛くないだろ?」

「う、うん」


 周りの子供たちが騒ぐのを受け流して当人に確認。涙は残っているけれど表情は硬くなっていないから大丈夫っぽい。


「さて、いますぐに逃げると危ないからしばらくここにいようか」

「でも、あの化け物……」

「大丈夫、俺がここにいるよ」

「おお! やったぁ!!」

「とりあえず、人には当たらないように。親と合流出来たら逃げていいからねぇ」

「「「はぁい!!」」」


 良い返事だ。

 さて、こうなるとここにいないといけないんだけど……あの化け物、二人で大丈夫だよね?

 実力者の心配をするなんて何様だって話だし。

 他の兵士が参戦しようとしているけど、ナディの巨顔から生えた触手みたいなのに打たれて吹き飛んでいる。

 近づける実力者はあの二人だけのようだ。


「でも、一進一退って感じだなぁ」

「いっしんいったい?」

「勝負がつかなそうってこと」

「大丈夫だよ! 鋼の乙女はまだ技を隠してるから!」

「おや、そうなんだ?」

「そうそう」

「バッシュはいっつも奥の手を先に出して負けてるんだ」

「辛抱が足りないんだよね」

「ソウロウだってお母さんが言ってた」

「たまねぎ、ソウロウってなに?」

「大人になればわかることを急いで知る必要もないよ」


 子供たちに言われ放題になっているバッシュは俺に使っていた『ヴァルキリーストライク』を撃ちまくっている。

 複数の触手が鞭のように襲い掛かっているのだけれど、それを巧みにかわしながら撃ち続けている。

 それ自体すごいことなのだけれど、エネルギー槍はナディの不気味な巨顔の表面で弾けて霧散している。

 着弾したときに激しい音と広がる煙から衝撃が走っているのが見えるから無事ではないのだろうけれど、かなりの硬さなのは確かだ。


 鋼の乙女はというと、襲い掛かってくる触手鞭を全身鎧とは思えない軽快さでかわしながら、ハルバードの斧部分で切り捨てている。

 それはそれですごいんだけど、触手鞭はすぐに次が生えているのであまり意味がなさそうだ。


「…………」


 鋼の乙女もそれがわかっているのだろう。

 一瞬距離を取ると、ハルバードが光った。


「おおっ!」

「出た!!」


 子供たちも俺の後ろを安全地帯と認識しているのか、うれしそうに歓声を上げている。


「シャイニング!」

「セイバー!!」

「それって、あの光ってるののこと?」

「そうだよ!」


 子供たちの叫んだその技名。

 バッシュの『ヴァルキリーストライク』もそうだけど、なんでそう必殺技っぽい名前なんだろうか?


 あれ?

 俺のスキル名ってちょっと味気ない?

 いや、そういえば最近、ちょっと技名っぽいスキルを手に入れたな。

 だから大丈夫。

 うん、大丈夫。

 ……いや、なにが大丈夫なのか知らないけどさ。


『シャイニングセイバー』はハルバード全体を淡い光で覆いつつ、槍と斧部分が凝集された光で拡張し、巨大になっている。

 その巨大化した刃を舞うように激しく振り回し、触手鞭を薙ぎ払いながら巨顔に接近していく。

 俺の大盾を貫いた『ヴァルキリーストライク』の連射に耐えていた巨顔に傷が走った。


「ぎぃぃぃいや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 触手鞭を切られても無反応だったけれど、本体であるだろう巨顔に傷が入るのは痛いようだ。

 それにしても濁点の多い声だなぁ。

 そしてうるさい。

 子供たちも耳を押さえて蹲っている。

 二人には大音声攻撃は通じていないようだ。


「バッシュ!」

「おうさ!」


 鋼の乙女が声をかけると、バッシュが『ヴァルキリーストライク』の連射をいったん止めた。

 だが、投げ槍の構えは解いていない。


「いくぜ! 『ヴァルキリーストライク・メガマックス』!!」

「ホーリースラッシュ!」


 バッシュからはさっきまでとは比べ物にならないぐらいに大きなエネルギー槍が、そして鋼の乙女の戦舞から放たれた無数の光の刃がナディの巨顔を襲う。

 ていうか、メガマックスって……。


「うおおおお!」

「やったぁぁぁぁぁ!!」


 子供たちの歓声の中、ナディの巨顔はその膨大な体積の半分を失って沈黙した。




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