100 手紙
周囲も暗くなり、お腹がいっぱいになったせいか、二人は食後すぐに眠ってしまった。
いきなり激動だったからね。
一人になった今がチャンス。手紙チェックだ。
再び『ゲーム』を起動してポストを確認。
差出人はフェフだった。
『アキオーンさん。
お元気ですか? フェフです。
こちらはいつも通りに世界樹からの実りを回収しています。
食堂ありがとうございます。あそこでいろんなご飯が食べられます。アキオーンさんと一緒に食べた料理もたくさん出てきて三人でいつも思い出話をしています。
単調な日々ですけど、ちょっとした変化が毎日あって楽しく過ごしています。
クエストの件、アキオーンさんに早く会いたいですけれど、こちらは問題ないですので慎重に進めてくださいね』
……癒される。
はぁ、やっぱり誰かにちゃんと気遣われてるって実感できるのはいいなぁ。
しみじみと手紙の文面を眺めながら思う。
それからちまちまと返信を綴る。
コントローラーで文字を打つのはやりづらい。
スマホで文章を打っていたのももはや何十年も前だ。気分的にはそこから一歩後退したような入力方式にやや苦労しながらも現状を記していく。
手紙を書き終わって一息吐く。
ニヤニヤが収まらない自分を客観的に気持ち悪いと思って顔を揉む。
今後の相談は二人が起きてからになるけれど、現状の確認ぐらいはしておかないと。
とはいえ、あるのは見まわす限りの森。
魔物の住まう原生林だ。
ダンジョンにいるどこか作り物めいたそれとは違う、いわゆる野生、いわゆる天然物の魔物たち。
そこには生活があり、文化があり、国がある。
俺の住むベルスタイン王国では国同士の戦争というのは起きていない。
他国と争うよりは内部での争いの方が多いけれど、それも小規模というイメージ。
小国家群との仲はそれほどよくないというイメージだけれど、実際に行商をしてみると単に人種というか生態系というか、諸々の事情から生活が合わないから距離を置いているという理由の方が強いのだとわかった。
人との戦いがほぼない代わりに、魔物との戦いがある。
つまり、ここは敵地のど真ん中。
イリアとサマリナが側にいるから自分の能力を出すべきかどうかと悩んでいるけれど、ここはすでに危険地帯で、そしてもう『ゲーム』の一端を見せてしまっている。
「いざという時には躊躇しないようにしとかないと」
心構えをしておかないとそのいざとが来た時に中途半端なことになるかもしれない。
『ゲーム』を起動していろいろとこなしながらそんなことを考える。
すでに周囲にはクレセントウルフを放っているので警戒が足りないということはないと思う。
収穫されている果物をお酒にしたり、食材を揃えて料理にしたり、それを自分が食べる用と新領地にあるエルフ用の食堂に配置する用とに分けたり。
自分の屋敷の模様替えをして一室をフェフたちのための部屋にした。
使われているのかどうなのかわからないけど、たまに屋敷に三人がいると嬉しくなる。
悲しいことは、手紙以外では三人と接触ができないことだ。
自分のキャラクターをフェフたちの周りで動かしてもあまり反応しない。
以前からいる住民たちはなんらかのリアクションをしてくれるのだけど……。
今度、手紙で聞いてみようとその時は思うのだけど、いざ手紙を書くときにはそのことを忘れている。
一度や二度なら歳かなと思ったりもするけれど、ずっとだとなんらかの意図に介入されているようで薄気味悪くもある。
とはいえ、クエストの件も考えれば『ゲーム』には何らかの意思が存在している可能性は存在する。
『夜魔デイウォーカー』なんて語り掛けたりしてくるのだ。『ゲーム』にだって意思があったとしてもおかしくない。
あるのだとしたら、こそこそせずに堂々と話しかけて欲しいものだけど。
……いや、あんまりそういうのが増えすぎると心の声と会話する危ない人になってしまうかもしれない。
それは嫌だなぁ。
「ん」
クレセントウルフから敵襲の連絡が来た。
同時に俺の耳にも音が届く。
地面や木になにかが当たる音が連続している。
襲撃者たちは木や石などを投げて襲い掛かっている。
クレセントウルフたちはそれらを避けながら襲撃者に向かうのだけど、そうすると逃げられてしまう。
深追いさせずに防衛網を崩さないようにしていると、また戻ってきて投石や投木攻撃をしてくる。
面倒だなぁ。
罠にはめようとしている感じがあるから放置しておきたいのが心情だけれど、それだとこの鬱陶しさに長く付き合わないといけなくなる。
「仕方ない」
クレセントウルフを引かせてもっと近くで二人を守らせる。
その上で俺が行く。
『忍び足+4』『隠密+3』『軽妙』で気配を殺して移動。
武器には将軍の大弓を持ち、氷結矢筒を出している。
その他に豊穣の樹海ダンジョンやルフヘムの廃墟で手に入れて『鑑定』を後回しにしていた装備を付けている。
豊穣の樹海というダンジョンの特性なのか、森への適性を高くする装備が多かった。
おかげで森での隠密行動はかなりレベルが高くなっている……はず。
うん、高かったみたいだ。
退いていったクレセントウルフを追いかけてきた連中の姿を発見した。
『ガリア:ガリアガリアガリア!』
だから、何の説明にもなってないから!
たぶんゴリラって言いたいのかな? 見た目も大きさもそれっぽい。猿よりごつい。
やっぱりスキルって意思がありそうだなぁと思いつつ、隠れた状態で矢を打つ。
矢筒から取り出した氷結矢は『竜息』『身体強化』とさらに『不意打ち強化+3』も合わさり、射線にいたガリアを三体まとめて貫き、氷の彫像に変えた。
「ゴアッ!」
氷の彫像と化してすぐに爆散した仲間を見てガリアたちが声を上げた。
こっちにはまだ気づいていない様子なのでそのまま連射。
矢の雨とまではいかないまでもその攻撃でガリアを二十体ほど倒すことができた。
で、まだたくさんいる。
三十はいるかな?
「ゴアラッ!」
こっちの居場所に気付かれた。
けど、今度は逃げたりせずに殺到してくる。
それなら話は早い。
将軍の大弓をマジックポーチに片付け、ベルトに挟んでいる十手を握る。
『血装』で強化して、殺到してくる群れの中に飛び込む。
ゴリラっぽい腕長短足の体形に厚みのある胸。攻撃防御ともに高そうだけれど『血装』で強化された十手の敵じゃなかった。
見た目は十手じゃなくてメイスになってしまってるしね。
『竜息』と『身体強化』での強化でも十分に強くなれている。
たぶんだけど、西の街のダンジョンに潜っていたころくらいにはなれていると思う。
『竜息』がかなり強力。
さすがあのデカいのから手に入れただけはある。
三十体のガリアを倒すのにそれほど時間はかからなかった。
手に入ったスキルは『剛腕』で、後は『投擲補正』と『軽妙』がそれぞれ成長した。
『剛腕:腕相撲が強くなるよ! やったね!』
……ほんとに、どんどん説明する気がなくなっている気がする。
ともあれ……腕力を上げることに特化したスキルってことでいいのかな?
血泥も回収して、さてそろそろ帰ろうかと思っていると……。
「っ!」
クレセントウルフの警戒心が跳ね上がったのを感じた次の瞬間、それらの反応が衝撃と共に消えた。
慌てて戻ってみると、そこには大きなクレーターができていた。
二人の姿がない。
クレーターは二人が眠っていた場所からは離れているのだけど……。
「わぁぁぁぁぁぁぁ!」
離れたところでそんな声が聞こえてきて、俺はすぐに木に登って周囲を確認した。
すごくでかいガリアが跳ねるように移動しているのが見える。
その手が何かを握っているように見えるのだけど。
「また攫われた!」
つまり、そういうことらしい。
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