48 夢の終わり


††『鋼の羽』ジン††


 分配が終わり、俺たちは三十一階に足を踏み入れた。

 広大な森林という世界の次は、また別の光景を生み出している。

 その場所について詳しくは語るまい。

 次に訪れる冒険者たちの楽しみに取っておけばいい。


 もう、俺たちはこの先に進まないのだから。


「来たな」

「ああ、来れた」


 一番古い仲間の斥候にそう言われて、俺は頷く。

 挫折して終わったという思いにしたくなかったからウッズイーターの攻略に拘った。

 だが、自分たちだけでは攻略は不可能だっただろう。

『炎刃』だけでは無理だったと断言できる。


『要塞』アキオーン。


 たった一人で三十階まで来た男。

 彼がいたからこそ攻略が可能だったことは否定できない。

 否定するだけ無駄だ。


 妙に歪な雰囲気のある男だった。

 あの年齢まで冒険者をしていたのならあるだろうある種のこなれた空気感がなく、まるで新人のような落ち着きのなささえある。

 かと思えば年齢に応じた狡猾さを垣間見せることもある。

 だけど、能力は本物。


 冒険者ギルドでの騒ぎをこちらでも調べたが、どうもつい最近までずっと鉄級の登録証だったという。

 だとすれば彼の狡猾さは年経た鉄級冒険者特有のものだと納得できもするのだが……。

 それ自体が、一体何の冗談なのか?


 あるいは、彼に幸運の女神が微笑んだのか?


 しかし、だとしても彼を羨むことはあっても嫉妬する気にはなれない。

 世界に無数にいるだろう冒険者たちの頂点に行くような人間は、どこかでそういう歪さがあるものだ。

 それをずるいと言ったところで、どうにもならない。

 なにを叫んだところで手に入れようがないのだから。


 ウッズイーターを倒した後の分配は、魔石を等分でもらう以外はこれからも活動を続ける『要塞』と『炎刃』に譲った。


 さすがはあれだけの強力な魔物を倒した後だけあって、宝箱はいつもより豪華だったし、中身も魅力的に見えた。


 イリアには悪いことをした。

 このパーティで唯一の若い女性。

 彼女はまだまだ冒険者を続けたかっただろう。

 なりたての頃に見た目の良い女だからと同年代の冒険者たちに侮られ、別の目的ですり寄られることにイラついていた彼女に声をかけたのは俺だった。

 その内、技量を周りから認められるようになったところで同じ年代の冒険者たちに合流させればいいと思っていたのだが、イリアは『鋼の羽』に深く馴染み、手放し難い存在になってしまっていた。


 その結果として、彼女には中途半端な気持ちのまま解散となってしまった。

 今度こそ、他の将来有望なパーティにと思ったのだが、これ幸いと実家から圧力をかけられて騎士の道を進まざるを得なくなったという。

 一度は手放した娘を、多少なりとも声望を得たからと手元に戻そうというのはなんとも気分のいい話ではない。

 イリアとて面白くない顔をしていた。


 本当に申し訳ない。


 だけど、彼女は笑って言う。


「楽しかったですね」


 と。


「あんなのと戦って生き残れる日が来るなんて思ってもみませんでした。ほんとに、最初は皆さんに迷惑をかけてばかりでしたし……」

「まったくな!」

「あ、ひどい!」

「わははは!」


 仲間の重装戦士が応じたことにイリアが腹を立て、斥候が笑う。

 そこからひとしきり思い出話に花が咲いた。


 イリアが来てからの思い出話は、彼女が中心だ。

 彼女がいなければ、俺たちのパーティはもっと早く解散していたのではないだろうか?

 いや、きっとしていた。


 イリアがいたから、新鮮な気持ちを取り戻して冒険者としての寿命を延ばすことができた。


「イリア、いままでありがとう」

「え? そんな! 私の方こそ、ありがとうございます。あなたたちと一緒でなければ、私はもしかしたら冒険者が嫌いになっていたかもしれないから」

「そうか……」


 イリアにとっても俺たちといた時間は無駄ではなかったということか。


「それならよかった」


 頷き、俺たちはもう一度、ここから見える三十一階の光景を見た。

 俺たちが進まない光景。

 この先を誰かは進んでいくのだろう。


 だが、俺たちはここまでだ。




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