42 再びギルドの応接室


「君があそこで出した魔石は千万Lで買わせてもらう」


 ぷるぷると震えながらギルドマスターが言った。


「今回の件の謝罪を含めた割増の料金だ。どうかこれで許していただきたい」

「わかりました」

「ありがとう。受付に言えばもらえるようにしておく」


 イリアの登場で脱力してしまった俺は素直にそれを受け入れた。

 それにしても千万Lって……。

 バンの報奨金よりはるかに上だ。

 割増料金だから普段ならもう少し安いんだろうけど、それにしても美味しいな。


「では、私はここで失礼させてもらう」


 そう言ってギルドマスターは去り、部屋には俺と『鋼の羽』の面々が残った。

 そう。

 彼らがいる。


 イリアが飛び出した後、一部始終を見ていた『鋼の羽』のリーダーは青い顔で動けなくなったギルドマスターの代わりにあの場を収め、俺の無実を周りの野次馬に納得させた。

 ていうか、野次を飛ばしていた連中は俺が目を向けるとさっと視線をそらしたりしていた。

 めっちゃ怖がられてる。


 まぁ、野次やらゴミやらを飛ばしていたのだから恨まれていたら大変だと思ったのだろうけど……怒りが冷めた今だとちょっとへこむ。


「さて、改めて挨拶させてもらえるかな? 『鋼の羽』のリーダー、ジンだ」

「ええと、アキオーンです」

「ふむ、『要塞』のアキオーンか。悪くないのではないか?」

「は、はは……」

「うちのイリアが勝手に広めてしまった名だが、通り名なんてそんなものだと思ってくれると嬉しいんだが」

「はぁ……いや、……まぁいいんですけど」

「ありがとう」


 あのギルドマスターの後だと、ジンははきはきとして明るく好人物という印象が強い。

 年齢は俺と近い。

 もしかしたら上かもしれない。

 なるほど、引退を考えているという噂は本当かもしれない。


「それではまず改めて、うちのイリアを助けてくれたこと、そして彼女のために余計な危険を背負ったことに感謝と謝罪を。ありがとう。そしてすまなかった」


 ジンの言葉に合わせて『鋼の羽』の全員が頭を下げた。


「ああ、えっと……はい」


 助けると決めたのは自分だし、うまくいったんだし、俺としてはこの件でなにかを求める気もない。


「挑戦すると決めたのは俺なので……はい、そちらの方が無事でよかったです」

「……そうか、ありがとう」


 あれ?

 なんだか感心したような顔をされた。


「死神を前にして挑戦と言えるのはなかなかにないよ」

「そう……ですか?」

「うん」


 あ、これちょっとドン引きも混じってる気がする。

 その中でイリアだけはキラキラした目で見ている。

 彼女以外はドン引きで、ジンは誤魔化してるだけだ。

 うん、彼女の反応だけ見てるとなにか勘違いしそうだ。気を付けよう。


「ええと、それで……お話が以上ならダンジョンから上がったばかりなんで休みたいんですが?」

「おっと、それは失礼。本題はこれからなんだ。すまないがもう少し付き合ってくれ」

「はぁ……」

「我々は三十階突破のための仲間を集めている。どうだろう、手伝ってくれないか?」


 ああ、やっぱりその件か。


「人集めをしていたのでは?」

「ん? ああ、訓練場で催したあれかい? 見ていたのか?」

「まぁ……」

「将来有望そうな者はいたよ。君が先ほど倒した『雷光』とかね。だが、今回は間に合いそうにない」


 ジンは深刻な顔で告げる。


「俺は、この冬で冒険者を引退するつもりだ。その前に長年の壁だったウッズイーターを打倒したい。君はもうあれを見たかな?」

「はい」

「早いな。さすがだ。あれを倒したいんだ」

「倒さないと下には行けませんしね」

「ああ、協力を頼めないかな?」

「ええと……」


 困った。

 倒せば三十一階に行けるようになるだろう。

 だが、問題がある。


「一つ、質問が」

「なんなりと」

「ダンジョンの法則の話なんですが、下の階に行くためのボスを倒して、その後に階段を下りなかったらどうなります?」

「ボス? 階層主のことだな? 階層主は倒されても一定時間後には復活する。そして階層主が生きている間は、そこから下へ行く階段は閉ざされる」

「つまり、倒されているときに下に行かなかったら、倒した意味がなくなる、ということですよね?」

「そうだな」


 だとしたら、いまウッズイーターと戦うことに大きなメリットはないってことになる。


「……なにか問題が?」

「俺が今回、このダンジョンに来たのはある依頼のためで、それは三十階で手に入ることがわかっています」

「それは? 問題ないなら教えてもらっても?」

「トレントの木材と、酔夢の実です。その依頼が終わるまでは下の階へ行く気はないんですよ」

「なるほど」

「まだ三十階に来たばかりなのでぜんぜん集まっていないんです。たぶん、この冬中はかかるんじゃないかと思っています。いま、ウッズイーターと戦うことは、俺には何の得もない」

「そうだな」


 ジンは深く頷いた。

 だが、がっかりした様子がない。


「酔夢の実……現物はないが手に入れる方法は知っている」

「え?」

「以前に『英雄の剣』から聞いたことがある。このダンジョンで酔夢の実を手に入れたのは彼らだけだ」

「それは……」

「そちらの事情は分かった。なら、この情報を対価に俺たちに協力してもらえないか?」


 そう来たかぁ。


「……わかりました」


 俺は頷くしかなかった。




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