第41話 焼け石に水
洞窟の奥には5メートルはありそうな巨大な火の鳥が待ち構えていた。
紅の羽にはごうごうと炎が燃え盛り、尾には小さな火の塊が連なるようにうごめいている。
フェニックスがカッと
「まずいのう。仮に水をかけても一瞬で蒸発しそうじゃ。焼け石に水ならぬ、焼き鳥に水じゃの。わっはっは」
忠政の「わっはっは」にもどこか力がない。「出血」と「やけど」のデバフでもう限界が近いのだろう。
「兄上、俺の後ろに下がってろ」
「じゃが……」
「ここは全員で生き残るのが優先だ。兄上は回復しつつ俺にポーションを投げてくれ」
忠政はぐっと歯を噛みしめると、「わかった」と言って小次郎の後方に回った。
初手はフェニックスのターン。翼から無数の羽が飛び出し、雨のように小次郎を襲う。
ちりちりと髪の焼ける音を聞きながら、小次郎は矢を放った。
一発目。フェニックスは倒れない。
忠政が投げてくれたポーションを飲み干すと、少し痛みがやわらいだ。
2ターン目。フェニックスが火炎を吐く。
恐怖の悲鳴を上げて逃げようとしたバギーちゃんを小次郎はあわてて押さえた。忠政に攻撃が当たれば死んでしまう。
「ぐあ」
全身を強烈な痛みが走った。肌の露出を押さえる服を着ていなければ、一撃で死んでいたかもしれない威力だ。
「すまん小次郎、わしの体力がもう厳しいかもしれん」
忠政が叫ぶ。
小次郎は2発目の矢を放った。
弓特効であるにもかかわらず、敵は倒れない。それどころか、大きく咆哮を上げ、炎を燃え上がらせた。
しばらく待ってみたが、フェニックスからの攻撃はない。
「小次郎、さっきの咆哮はおそらく『溜め攻撃』の準備じゃ。敵は次のターンで今までの数倍の火力の攻撃を放ってくる。それが当たればわしらは確実に死ぬ。ここで敵の脳天に矢を当てて確実に仕留めろ」
「ああ」
小次郎はまっすぐフェニックスの顔を見て、弓を引き絞った。
フェニックスは小次郎の顔をにらんだ。そのさげすむような目に、小次郎は見覚えがあった。
記憶が蘇る。
「昨日、忠政が落馬した」
父、
「で、では
「お前がやれ、小次郎」
忠利が低い声で言う。
「で、ですが
「わしはお前に命令したのじゃ。失敗はするなよ。失敗すれば、命はないと思え」
「……はい」
小次郎、何をしておる!
忠政の声で小次郎ははっと意識を取り戻した。
目の前でフェニックスが燃えている。
しっかりしろ、市川小次郎。
自身を叱責し、フェニックスに狙いを定めた。
俺ならやれる。俺なら……。
灼熱の空気に汗が吹き出し、矢尻がつるりとすべって手から飛び出した。
「あ」
小次郎はまだ弓を引き切っていなかった。このままでは矢が下にそれて、フェニックスには当たらない。
負けたのか、俺は。
小次郎はこうべを垂れた。
そのとき。
ピー!
バギーちゃんが鳴き声を上げ、瞬間、忠政の体ごと上空へ舞い上がった。
矢は山なりになってフェニックスへ向かって飛び、フェニックスの頭の中心を射抜いた。
キエエエエエ。フェニックスが地響きのような悲鳴を上げて崩れ落ちる。
地面に転落したフェニックスの体から火が消え、紫色に冷たくなった。
周囲の熱が急速に引き、気温が下がってゆく。
「でかしたぞ小次郎!」
忠政が駆け寄ってくる。
「正直おぬしのエイムはブレブレじゃったが、バギーちゃんのファインプレーでなんとかなったの」
「そうか……すべてはバギーちゃんのおかげか。よくやった、バギーちゃん」
「いや、そうとも言い切れんぞ。おぬしの生き物を大切に思う気持ちと、真剣な清い心が、きっとバギーちゃんにも伝わったのじゃ」
バギーちゃんが忠政の言葉を肯定するようにピーと鳴いた。
「次のダンジョンに進みますか? はい・いいえ」と再び壁に字が浮かび上がる。
ふたりは顔を見合わせた。
「レベル3に行くか」
「ああ、そうじゃの」
落ちて火の消えたフェニックスは再びくすぶり始めている。
不死鳥なので何度もよみがえるのだろう。
再び攻撃されても困るので、小次郎は慌てて「レベル3」を選択した。
レベル3ダンジョンはふたりにとってちょうどよい難易度だった。
適度に回復しつつ、適度に襲い掛かってくる敵を倒し、適度に強いフェニックスを倒す。
残りの7周をレベル3ダンジョンで周回し、ついに最後のフェニックスを倒したとき、壁に浮かび上がった文字は「次のダンジョンに進みますか? ・いいえ」。「はい」の文字が消えている。
「じゃ、帰るかの」
忠政がつぶやいた。
「バギーちゃんはついて来られるのか?」
小次郎が尋ねると、バギーちゃんが悲しそうにピーと鳴く。
「バギーちゃんはダンジョンのモンスターじゃ。ダンジョンの外には出られんぞ」
「そうか……」
少し寂しい気もするが、それが道理ならば受け入れるしかない。
「ありがとう、バギーちゃん」
小次郎はバギーちゃんの首に巻き付けたアホロートルの頭巾を外した。
忠政が壁の文字の「いいえ」を選択する。
暗くなってゆく視界に映るバギーちゃんに、小次郎は目いっぱい手を振った。
気が付くと、ふたりは「左富士神社」の外にたたずんでいた。
バギーちゃんの姿はない。
「ま、慢心は身を滅ぼすということを学んだの」
忠政が格言ぶって言った。
小次郎は頷く。
「ヴォイドのもとへ戻ろう」
「そうじゃな」
アホロートルの頭巾をかぶると、わずかにアケロンバットの獣臭いにおいがした。
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