第75話 血飛沫道場へ見学
「138! 139! 140! 141!」
坊主頭のプレーヤーたちが、数を数えながら剣の素振りをしている。
「お前ら、もっと声を出せ!」
血飛沫のケンが怒鳴ると、「おう!」とプレーヤーたちが応じた。
熱い空気に気圧されて、道場の入り口のあたりでヴォイドははやくも尻込みをしている。
「忠政さん、先に行ってよ」
「なぜわしが行かねばならぬ。おぬしの知り合いなのじゃから、おぬしが行け」
「でも」
もじもじするヴォイドの背中を、「ええいめんどくさい」と言って忠政がぐいと押した。
「うわ」と言って道場の中に転がり込むヴォイド。
誰だ、と剣を抜いた血飛沫のケンは、ヴォイドの顔をみて表情を緩めた。
「なんだ、ヴォイドか」
「すまない、急に押しかけてしまって」
謝るヴォイドに血飛沫のケンは首を振った。
「いや、こちらこそたいしたもてなしもできないが、まあ入れ」
師範、その人って……。こちらをちらちら見るプレーヤーに、「素振りを続けろ!」と命令して、血飛沫のケンは3人を道場の隅へ案内した。
「ヴォイド、お前もすっかり有名人だな」
畳にあぐらをかいて血飛沫のケンが言った。
「まあ、あんなことがあったから……。ケンさんはあの後大丈夫だったのか?」
「まったく無傷とはいかなかったな」
血飛沫のケンは道場を眺める。以前はもっと弟子がいたらしいが、騒動の後に一部の弟子が辞めていったらしい。年下に教わるのは納得がいかない、と。
「道場の話じゃなくてさ。ケンさん、事件のとき精神的に参ってたみたいだったから、俺心配してたんだよ」
確かに、顔をさらされたときの血飛沫のケンの怯えようは、尋常ではなかった。
血飛沫のケンがうなずく。
「ああ。ネットで顔をさらされたら人生終わりだと学校で教わっていた。薄々感じているとは思うが、俺は
血飛沫のケンが道場の弟子たちを眺める。
「学校ではちらちら見られることはあっても、周囲から無視されることに変わりはなかった。道場にも、俺の考えに賛同してついて来てくれるやつらがまだいる。もとの生活に戻っただけだった」
小次郎は騒動の後、ヴォイドから血飛沫のケンの境遇をだいたい聞いていた。
血飛沫のケンは地方の大地主の息子で、現在中学3年生。
生まれつき体が弱く、ひどい赤面症持ちなのも相まって、人と関わることが苦手だった。
ひ弱で泣き虫な性格を変えたい。そう考えた血飛沫のケンは、ゲームの世界で強い人間を演じることに執着するようになっていった。
しかし、今この道場にいる弟子たちは、皆血飛沫のケンの本当の姿を理解したうえでここにいる。それが今の彼の支えになっているようだった。
坊主頭の弟子たちの中に、何人か髪の長い者もまじっている。服装からして、プレーヤーではなくキャラクターだろう。
「うちの道場はプレーヤーだけでなくその眷属彼女も受け入れている。全員レベル300越えの猛者ぞろいだ」
よく見ると、全員が常に鍛錬し続けているわけではない。何名かの弟子たちは、常に周囲に気を配りながら素振りをし、時々手を止めては別の者にやり方を教えている。
「うちは年齢も性別も関係ねえ。強いやつが弱いやつに教える、そういう方針だ。ヴォイドも鍛錬していくか?」
「いや、遠慮しておく」
ヴォイドが慌てて首を横に振った。
たしかに、ヴォイドが大声を出しながら素振りしているところなんて想像できない。
そういえば、と血飛沫のケンが口を開く。
「こないだ
「ああ。
「へえ、あいつらしいな」
血飛沫のケンが笑う。
アイドル企画の一番の被害者は血飛沫のケンといってもよい。
運営の氏家がアイドル企画を立てた真の意図は、兄である
兄の社会的地位を取り戻すため、氏家はヴォイドや血飛沫のケンを利用して、一山当てようと狙っていたのだ。
失敗したのも因果応報。氏家が公私混同をしたせいだと小次郎は考えている。
「ケンさんも今のうちにちゃんと勉強しておいたほうがいいぞ」
ヴォイドが言った。「中卒ニートのおぬしが言うと説得力があるの」と忠政が笑った。
「ところで、ヴォイドは今何をしてるんだ?」
血飛沫のケンが尋ねた。ヴォイドは顔をしかめる。
「旅とか、ガチャとか、YouCubeとか……」
「お前のYouCubeチャンネル、最近動かしてないだろう。もったいない、せっかく伸び時なのに」
「うっ」
図星を突かれたヴォイド。
「でも、どんな動画を撮ったらいいかわからないんだよ。あんなことがあった後だし、下手に動画を出して笑われるのも嫌だし」
「俺はYouCubeには詳しくないが、そういうときは清算をするものじゃないのか?」
「清算?」
ヴォイドが首を傾げた。
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