第74話 事件の後

「ヴォイド」 


「……」


「ヴォイド! おぬしのターンじゃ」


 ヴォイドははっと我に返って、大鎌をふるった。

 敵モンスターが「ぎゅん」と鳴いて光の粒になって消える。


「まったく、最近のおぬしはぼーっとしすぎじゃ」


 ぷりぷり怒る忠政にヴォイドが「ごめんごめん」と謝った。


 イエロー・パンサーの裏切りによってアイドルの話は立ち消えとなった。CDデビューの話もうやむやになり、責任者だった運営の氏家はチーフから降ろされたらしい。


 ヴォイドが一般プレーヤーに戻ってから1週間が経とうとしていた。


 3日前、ヴォイド、小次郎、忠政の3人は、ラックローの街の「オテンバ・プレミアム・アウトレット」の梔子くちなし様のもとを挨拶も兼ねて訪れた。


 梔子くちなし様はすでにアイドルの顔から支配人の顔に戻っていた。


「ずいぶんと辛気臭い顔ですね、ヴォイドさん。あなたもさっさと元の生活に戻られてはどうですか」


 世界中に顔バレしたというのに梔子くちなし様はすました顔をしている。「お前は大丈夫なのか?」とヴォイドが問うと、「当たり前でしょう」と一蹴された。


「SNSアカウントはすべて削除しましたし、私を攻撃できる人はもうこの世にはいませんよ。顔についてはご心配いただかなくてもかまいません。30代後半無職ともなればもう『無敵』ですから、いまさら顔なんて人にみられたところで困りませんしね。アウトレットの店員たちからは、むしろ親しみやすくなったと評判でしたよ」


 オテンバ・プレミアム・アウトレットは以前よりも賑わいを増しているらしい。その一因が、アウトレットの新商品「梔子くちなし饅頭まんじゅう」だ。箱と饅頭には梔子くちなし様の素顔の似顔絵がプリントされている。


 おじさんの顔の饅頭なんて誰が買うのかと小次郎は思ったが、意外にこれが大人気らしい。


 ユア・スレイヴの即日解散は、デビュー以上に世間で話題となった。Tmitterではトレンド1位を獲得し、ネットニュースのトップ記事にまでなった。


 それを逆手にとって、自虐的な商品を出したところ大売れしたという。やはりしたたかな男だ、と小次郎は思った。


 「梔子くちなし様タオルもありますよ」と勧められたが、いらないと断ってヴォイド一行はアウトレットを出た。


 それから3日間。ヴォイドのYouCubeチャンネルは再生回数がどかんと伸びていた。しかし、当のヴォイドは喜ぶでもなく、ぼんやりと旅を続けていた。


 プンスコ城でナポリヨンを倒してもらった通行手形で街を出た一行は、6つ先の「ハンギバーの街」にある「ハンギバー城」を目指して旅をしていた。


 プンスコの街の次の「ガキボールの街」を抜け、「オカチの街」に到着した。


「この街で休憩にしよう」


 ヴォイドが言った。

 小次郎はうなずいて、「鬼首切」を背中に挿した。騒動の後、高橋くんがわざわざ「天下丸」と「鬼首切」を届けに来てくれたのだ。それ以来、愛用武器として使っている。


 オカチの街は、山間やまあいの谷底にある街だ。都市としての機能よりも、宿場町としての色が濃い場所で、宿である旅籠はたごが密集している。


「そういえば、ケンさんはこのオカチの街で道場をやっていると言っていたな」


 ヴォイドが言った。


「そうじゃったの。挨拶がてら、行ってみてはどうだ」


「うーん、どうだろうな。ケンさんは例の一件でかなり傷ついていたから、俺が行くと嫌な記憶を思い出させてしまうかもしれない」


 渋るヴォイドに忠政がたたみかける。


「仮にもおぬしらはともに高みを目指した仲間だった関係じゃろう。訪問されて嫌なはずがなかろう。おぬしが行かぬと言うならわしがひとりで行くぞい」


「ああ、待ってくれよ忠政さん」


 ずんずん歩き出す忠政をヴォイドは追いかけた。





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