第76話 「今回の騒動について」

「どうかな?」


 着替えを済ませたヴォイドが小次郎たちの前に現れた。彼に似合わぬスーツ姿に、忠政がけらけら笑い転げた。


「わはははは、なんというか、着られてる感があるの」


「そうか」


 ヴォイドがしょんぼりと肩を落とす。


「おぬしは派手な白髪じゃからの。スーツが似合わんでも無理はない」


「ヴォイド、俺も着替え終わったぞ」


 血飛沫のケンもスーツを着て現れた。筋骨隆々の胸元がぱつぱつになっていて、ヴォイド以上に似合っていない。


 血飛沫のケンが言う「清算」とは、「今回の騒動について」という動画を撮ることだった。迷惑をこうむったファンに謝罪し、理由や原因ををしっかり説明する。もちろん、サムネイルは黒背景に白文字だ。


 人数は多い方がいいといって、血飛沫のケンも動画に参加してくれることになった。


 道場の縁側の沓脱石くつぬぎいしの上に並んで正座して、ふたりは動画を撮り始めた。


 まずは謝罪。「このたびはたいへん申し訳ありませんでした」と言って深々と頭を下げる。


 それから説明。ヴォイドと血飛沫のケンが順々に、アイドル企画の詳細やそれに参加した理由を説明した。眷カノ運営とヴォイドたちはアイドル企画に関する契約などを一切結んでいないため、話し放題だ。アイドル活動が無給であることもしっかり話す。


 次は暴露。「とあるメンバーが」モニターをハッキングし、あの画像を流したと説明する。そのメンバーがヴォイドと血飛沫のケンではないことは視聴者にもわかり、梔子くちなし様は被害者なので、イエロー・パンサーが犯人であることは丸わかりだ。


 最後は、「スタッフの皆さんは本当に俺たちによくしてくれました。関係者の方を責めるのはやめてください」と頭を下げ、好感度を上げる。


「ふう、こんなもんか」


 血飛沫のケンが頭を上げた。


「あとはうまく編集して投稿してくれ」


「大丈夫なのかこれ。俺たち色々しゃべっちゃったけど」


 ヴォイドは疑心暗鬼になっている。


「いや、大丈夫だ。炎上するとしても、運営とイエパンだけだろうからな。俺たちは被害者だ」


 そう言い切った血飛沫のケンは、もう精神的につらい状態からは脱したようだ。


「まあ、ケンさんが元気になってくれてよかったよ」


 ヴォイドが言うと、血飛沫のケンは少し顔を赤くした。


「ああ、一時期は怖くてたまらなかった。でも、眷属彼女の勉慶べんけいがずっと俺の心の支えになってくれた。俺さ……」


 血飛沫のケンが意を決したように顔を上げる。


勉慶べんけいと結婚しようと思う」


「ええええっ」


 ヴォイドがひっくり返った。


「結婚⁉」


「そうだ」


「で、でも、ケンさんは人間で、勉慶べんけいはゲームのキャラクターだろ」


 ヴォイドの反論にも、血飛沫のケンは落ち着いて答える。


「法的に結婚は無理でも、運営のKuJiLaクジラ社からなんとかして勉慶べんけいの権利を買い取ってみせる。買い取ることができたら、ゲームのなかでひっそりと式を挙げようと思っている。幸い、このゲームではキャラクターはひとりずつしかいない。他のプレーヤーに迷惑をかけることもないだろう」


 つまりどういうことだ。小次郎が忠政にひそひそ尋ねる。


「血飛沫のケンはゲームから勉慶べんけいを身請けしようとしているというわけじゃ」


 身請けとは、金のある男が遊女などを店から買い取って、妻やめかけにするという制度のことだ。


「あの、ちょっといいか」


 小次郎が口を挟んで血飛沫のケンに問いかける。


「なんだ」


「お前が勉慶べんけいのことを想っているのはよくわかった。だが、勉慶べんけいは結婚についてどう思っているんだ?」


 血飛沫のケンはうろたえた。


「そりゃ……そりゃ、勉慶べんけいはキャラクターだから何も考えていないのは確かだ」


「しかし、勉慶べんけいだって今でこそ女みたいななりをしているが、もとは男だろう。男同士で結婚するのは変じゃないのか」


 それについては心配ない、とヴォイドが言った。


「最近では、同性婚も合法化されているからな」


「ああ。それに、勉慶べんけいはキャラクターだが、俺と結婚したいと思ってくれている。そんな気がする」


 血飛沫のケンは稽古場を振り返って、剣を振るう勉慶べんけいをいとおしそうに眺めた。


 小次郎は思い出した。以前ラックローの街で出会った、大人プレーヤーと子供NPCの親子のことを。

 彼らは本物の家族のように見えた。もしかしたら、血飛沫のケンも……。


「まだ気がかりな点がある」


 ヴォイドが言った。


「ケンさんはまだ中学生だろう。これからいろんな人と関わることになる。もしかしたら勉慶べんけいよりももっといい人に出会うかもしれない。そのときは勉慶べんけいを捨てるのか?」


「いや、俺は勉慶べんけいと一生添い遂げるつもりだ。VR空間の外に恋人を作るつもりもない。俺はまだ未成年だが、たくさん勉強して勉慶べんけいに見合うような大人になるつもりだ」


「じゃあ、意志は固いんだな」


 ヴォイドが尋ねると、血飛沫のケンは深くうなずいた。

 




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