第77話 ティーパーティーよ!

「結婚かあ」


 オカチの街の地蔵に手を合わせながら、ヴォイドがぼんやりと言った。


「幸せそうでいいなあ」


「ヴォイドは結婚しないのか?」


 小次郎が尋ねると、「ないない」と言ってヴォイドが手を振った。


「結婚って、感情がある人がするもんだろ。俺には感情がないからさ。小次郎さんはどうなんだ」


「どうとは」


「誰かと結婚したいと思ったことはあるか?」


 小次郎は過去の記憶をたどってみた。

 浮かぶ女性の顔は、いずれもぼんやりとしていた。


 たしか、忠政には許嫁いいなずけのなんとかという年上の女がいたはずだった。彼女と一度、市川邸の廊下ですれ違ったことがある。

 女は小次郎を忠政と間違えて、丁寧に挨拶してきたのを覚えている。


「俺はあまり女には興味がなかったからな。兄上はどうなんだ?」


 小次郎は忠政にも尋ねてみたが、微笑が返ってきただけだった。





 オカチの街を出た一行は、「ウィステリアン・ブランチの街」、「タイランドの街」、「マニーバレーの街」を抜け、「ピーシャカの街」で一泊した。


 翌朝「ピーシャカの街」を出発し、いよいよ次なるボスの待つ「ハンギバーの街」の門をくぐった。


 ハンギバーの街はそれまでの城下町よりも比較的小さく、田舎らしさの残る街だった。


 北に見える「ハンギバー城」も、天守閣はこれまでの城の半分ほどの高さで、こじんまりとしている。


 大通りには店が並び、「茶」と書かれた緑色ののぼりが立ち並んでいた。


「茶屋か? それにしては小さな店だが」


 小次郎が首をかしげると、「茶屋は茶屋でも、ここにあるのは茶葉の店じゃの」と忠政が教えてくれる。


 ハンギバーの街は、眷カノ随一の茶の名産地だ。

 緑茶から抹茶までおいしいお茶が揃っている。


「緑茶は好物だ」


 小次郎が言うと、「買っていくか」とヴォイドが財布を出した。


 出店の暖簾のれんをくぐると、「へいらっしゃい」とねじりはちまきの大将が出てくる。

 大きなガラスケースに大量の茶葉が入っていた。見るからにうまそうだ。


「大中小どれにいたしやしょう」


 買う茶葉の袋のサイズを聞かれているようだ。「小でお願いします」とヴォイドが言うと、「まいどあり」と大将が言った。


 大将は筒状の袋を取り出すと、袋いっぱいに茶葉を詰めた。小にしては多いなと小次郎が思っていると、大将はもうひとまわり大きな筒状の袋を出し、茶葉でいっぱいになった袋をひっくり返して大きい方に入れ、さらに大きい方の袋いっぱいまで茶葉を詰めた。


 目を丸くしている小次郎に、大将はがははと笑う。


「これがハンギバー名物、『マトリョーシ茶』ですぜ、嬢ちゃん」


 こんなに大量の茶葉をはたして3人で飲み切れるだろうか。小次郎は茶葉でぱんぱんになった袋を受け取った。「中」や「大」を頼んでいたら、どうなっていたことやら。


「そろそろ次のボスの作戦会議を立てるか」


 ヴォイドが道端に腰を下ろした。


 ハンギバー城のボスはランダムボスで、5人のボスの中からひとり選ばれる。そのため、ヴォイドが対峙たいじしたことのないボスもいるという。

 いずれも、そこまで火力と体力が高くない代わりに、デバフ【風邪】をがんがんかけてくる。【風邪】にかかってしまうと、すべてのステータスが下がってしまう。


「やっかいなのは、【風邪】を重ねがけされるということだ。早めに倒さなければジリ貧になって負けてしまう」


 ヴォイドの火力ならば敵を一撃で倒すことも可能だが、それでは小次郎と忠政に経験値が入らずもったいない。

 そこで、ヴォイドは攻撃力の低いN武器を使って削り役に徹し、小次郎か忠政が折を見て敵を倒すという作戦にした。


 ハンギバー城の門をくぐるとロードが入った。暗闇の中で、小次郎は「鬼首切」を握りしめた。


 ロードが終わって目を開き、小次郎はうろたえた。

 狭い天守の間に、豪奢なドレスを着た美しい西洋人の女性がいた。


 ツタを模した白いテーブルには、4人分のティーカップとティーポット。テーブルの中央には三段組の皿が置かれ、スコーンやサンドイッチが並んでいる。


「あら、お客さん」


 女性がにこやかに顔を上げた。


「どうぞおかけになって。一緒にティーパーティーを楽しみましょう!」


「こいつがボスなのか?」


 小次郎は拍子抜けしたように言った。

 そのはずだが……とヴォイドも首をかしげる。


 相手に敵意がないようなので、3人はとりあえず言われるがままに席についた。

 女性はヴォイドを見ながらにこにこして言った。


「ちょうどアフタヌーンティーの最中でしたの。一人では寂しかったので、いらしていただけてとても嬉しいわ。そちらのお二人は召使いさんですの?」


 小次郎と忠政のことをヴォイドの召使いだと勘違いしているらしい。


「そこの黒い上着の召使さん、お茶を淹れていただけないかしら。私、お茶が大好きなの」


 とにかく、相手の言う通りにしておいた方がよさそうだ。

 小次郎は持っていた茶葉の袋を開けてポットに入れ、湯を注いだ。


 女性はヴォイドに「どこからいらしたの」とか「今日はいい天気ですね」とにこやかに話しかけている。ヴォイドはどぎまぎしながら、「ああ」とか「はい」とか答えていた。


「茶だ」


 小次郎がティーカップを女性の前に置くと、「あら、ありがとう」と言って女性は中身を見ずに口をつけ、ぶっと吐き出した。


 突然の出来事に唖然とする3人。

 女性はわなわなと肩を震わせる。


「なんなの、なんなのよこれは。全然お茶じゃないじゃない! いったい私に何を飲ませたの!」


「ふむ、あの女は緑茶ではなく紅茶をご所望だったようじゃ」


 忠政がつぶやく。「紅茶?」と小次郎が尋ねると、「西洋の茶じゃ」と忠政が答えた。


「私を馬鹿にしたわね。あなたも、あなたもみんな」


「まずい、来るぞ!」


 ヴォイドが叫ぶと同時に、女性はテーブルをひっくり返し、まがまがしい異形の怪物に変身した。






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