第78話 お茶はパワー

「皆殺しにしてやるわ!」


 敵がこちら全員にデバフ【風邪】をかけてくる。

 忠政がせき込んだ。


「大事ないか、兄上」


 そういう小次郎も鼻をすすっている。なんとなく微熱があるようなないような気もする。なんとも嫌らしいデバフだ。


「こやつ、カサリンじゃ。チャールス二世のきさきじゃの」


「俺は初めて見た。なぜティーパーティーなんて開いてたんだ」


 ヴォイドが首をかしげる。


「それはおそらく、カサリン妃がイギリスに初めて紅茶をもたらした人物だからじゃの」


「ああもうごちゃごちゃうるさいわね。さっさと殺してあげる」


 カサリン妃がわめく。


「俺のターン。へくしゅん」


 ヴォイドがくしゃみをしながらN武器でカサリン妃に斬りかかった。

 敵のHPバーが8割ほど減った。


「おっと、N武器でも結構火力は出るもんだな」


「俺が倒してもいいか?」


 小次郎は忠政に問いかけた。忠政は肩をすくめて、「好きにせい。それにしても、あっけないのう」と答える。


 小次郎は「鬼首切」を構えると、地面を蹴って敵の喉元を斬った。


「きゃあっ」


 倒したか。そう思ったとき、頭がかっと熱くなり、小次郎は膝をついた。


「どうした!」


 後ろから駆け寄ろうとしたヴォイドと忠政だったが、足が動かない。まだ戦闘が続いているのだ。


「……終わらせない。終わらせるものですか!」


 一度倒れたカサリン妃が再び立ち上がる。

 目はらんらんと赤く光り、体も一回り大きい。カサリン妃のHPバーが最大まで戻った。


「まさか、第二形態じゃ。くそ、わしのターン!」


 忠政が倒れた小次郎をかばうようにカサリン妃に攻撃する。


「小次郎、まだ死んではおらんのか?」


「ぐっ……」


 小次郎は額に脂汗を浮かべて立ち上がろうとした。刹那、全身に激痛が走り、再び倒れ込む。


「小次郎! おいヴォイド、明らかに【風邪】のレベルではないぞ。小次郎のステータスを確認してくれ」


「ああ、わかった」


 ヴォイドが小次郎のステータスを開き、顔をしかめる。


「【風邪】と……【ペスト】のデバフがついている。ああ、思い出した。カサリン妃は一度倒すと、倒したプレーヤーにデバフ【ペスト】をかけるんだ」


 ペストとは、カサリン妃が生きていた時代に流行していたはやり病だ。症状は風邪とは比べ物にならないほど重く、かかった人間は高確率で死ぬ。


「まずいぞ。次は敵の攻撃だ。忠政さん、俺は小次郎さんの防衛にまわる。忠政さんはなんとか自分で自分を守り切ってくれ」


「ああ、わかった」


 カサリン妃が金切声を上げながら3人に攻撃する。ヴォイドは敵の攻撃を一身に受けて、小次郎をかばった。


「ぐう。【風邪】のデバフのせいで結構くらうのう」


 次はヴォイドのターンだ。小次郎は瀕死。ヴォイドはやむなく小次郎の回復に回り、次は忠政のターン。


「くらえ、わしのバースト攻撃!」


 忠政がバースト攻撃を出し、敵のHPが残り6割となった。


「よし、次のターンで俺が倒す。忠政さん、もう一度敵の攻撃を耐えてくれ」


 カサリン妃は執拗に小次郎を狙って3連撃のバースト攻撃をしかけてくる。ヴォイドはすべての攻撃をなんとか耐え抜くと、N武器を振り回した。


「いけヴォイド!」


「ああ!」


 ヴォイドの攻撃。


「きゃあああ!」


 敵のHPが0になり、カサリン妃が後ろに吹き飛んだ。


「勝った!」


「ふう、短期決戦でなんとかなったの。【風邪】のデバフも外れたようじゃ。小次郎、大丈夫か。小次郎……?」


 おかしい。全身の痛みが引かない。

 ぜえぜえ息をつく小次郎。意識がもうろうとしてきた。


「なぜじゃ。戦闘が終わればデバフも切れるはずじゃのに……」


「バグかもしれないな」


 ヴォイドが小次郎を抱き上げる。


「とりあえず、近くの旅籠はたごへ運ぼう」


 旅籠はたごの寝具に寝かされた小次郎の病状はさらに悪化していた。


「調べたが、やはりデバフが取れないのはバグのようだ。運営に連絡するか?」


 ヴォイドが忠政に尋ねる。

 忠政は唇を噛んだ。


 運営に今の小次郎を見せれば、必ず首にUSBを刺して治そうとするだろう。そうなれば、小次郎に自意識や記憶があることがバレてしまう。


「運営の手をわずらわせるまでもない」


「小次郎さんを見殺しにしようってのか? いくらゲームの中だとはいえ、それはかわいそうじゃないか」


 忠政はヴォイドを無視し、床に膝をついて小次郎の手を握った。


「小次郎、最後に何か食いたいものはあるかの」


 虫の息の合間に、小次郎は「茶……」と答える。


「茶じゃ。ヴォイド、茶を入れよ」


「あ、ああ」


 ヴォイドが急須きゅうすを借りてきて、先ほど買った茶葉で緑茶を淹れる。


「ほら小次郎。茶じゃ。ゆっくり飲め」


 忠政が小次郎の口に湯呑を当てる。

 液体はほとんど口の端から流れ出して枕を濡らしたが、それでも小次郎はごくりと茶を飲み込んだ。


「忠政さん、今からでも運営の人を……」


「黙れ。どうせどこかで再生リスポーンするのじゃから、おぬしはここにおれ」


「ちょっとそれは薄情すぎやしないか。俺は――」


 ヴォイドが何か言いかけたとき、小次郎が大きくせき込んだ。


「小次郎さん、大丈夫か?」


 小次郎はぱちくりと目を開けると、周囲を見回した。


「あれ、ここは?」


旅籠はたごじゃ。おぬし、【ペスト】にかかったのじゃぞ」


「ぺすと? よくわからないが、俺は元気だぞ」


 忠政とヴォイドは顔を見合わせた。

 ヴォイドが小次郎のステータスを開く。


「あれ、小次郎さんの【ペスト】が治っている」


「なんじゃと」


 忠政が目を丸くする。

 小次郎は身を起こして頭をかいた。


「よくわからないんだが、茶を飲んでから苦しいのが治った気がするぞ」


「もしかして!」


 ヴォイドが端末を開き、「飲み物」の項目を探した。


〈アイテム説明「緑茶」 

 ふつうの緑茶。ハンギバーの街で購入できる。

 ・アイテム効果:【カテキン】除菌・殺菌〉


「わかったぞ。緑茶のカテキンでペスト菌が死んで、小次郎さんのデバフが治ったんだ」


「茶ごときでそんなにすぐに治るわけがないだろう」


 小次郎はあきれたが、ヴォイドは首を振る。


「ここはゲームの世界。お茶もアイテムだ。アイテムの効果がうまくはまって、デバフが治ったんだ」


「おお、よかったではないか」


 忠政がにこにこしながら言った。

 ヴォイドは忠政に何か言いかけて、口をつぐんだ。





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