第79話 金髪の野良キャラクター「エディ」

 次のボスは3つ先の街、「マママツの街」で待ち構えている。

 距離が近いので1日で「ハンギバーの街」から「マママツの街」まで行ってしまうプレーヤーが多いが、小次郎の体調も考慮して、次の「ヤマナの街」で休憩を取ることにした。


 ヤマナの街へ入ると、「どまんなかへようこそ」というのぼりが立っていた。


「どまんなか?」


「ヤマナの街は東街道のちょうど折り返し地点にあたる。前から数えても後ろから数えても27番目ということだな。RTAでは重要な街で、飛行バグがここでいったん切れるから――」


 ヴォイドが早口で説明する。

 だからど真ん中か、と小次郎は納得した。


 ヴォイドとの旅路ももう半分まで来たということだ。少し寂しいような気もする。

 いや、自分の目的はゲームを終わらせることだ。旅愁に浸っている場合ではない、と小次郎は自分を奮い立たせる。


「どうする? 小次郎さんが疲れているならもう旅籠はたごに泊まってもいいが」


 ヴォイドが尋ねる。「まだ平気だ」と小次郎が首を振ると、「じゃあ3人で散歩でもしようか」とヴォイドが提案した。


 とはいっても、小さな街だ。特に見て回るような場所もない。

 街の南側はビニールハウスが並んでいる。外側から覗くと、大きな薄緑色の実がなっていた。


うりか?」


「いや、あれはたぶんメロンじゃの。甘い瓜のことじゃ。ここヤマナの街は高級メロンの名産地。ミヤビタウンでは『王冠メロン』とかいう商品名で高値で売られておる」


 甘いもの、と聞くと少し興味が湧いてきた。


 どこかにメロン屋でもないかときょろきょろしていると、道の向こうから少年のプレーヤーが一人、死に物狂いで走ってくるのが見えた。


「おーい!」


 少年プレーヤーを、さらに別の金髪の人間が追いかけている。プレーヤーよりも足が遅くて追い付かないのか、金髪はヴォイド一行にむかって叫んだ。


「そいつは泥棒だ! 捕まえてくれ!」


「泥棒? とりあえず捕まえたらいいんだな」


 ヴォイドが大鎌を引き抜く。少年プレーヤーは、追っ手の金髪とヴォイドに挟み撃ちにされた形だ。


「畜生!」


 少年プレーヤーはヴォイドに斬りかかる。

 普通ならここでバトルフィールドが展開されるはずだが、ヴォイドがPvPを拒否したことによって戦闘が始まらない。


 ヴォイドは大鎌で少年プレーヤーの攻撃をいなすと、ひょいとプレーヤーを体ごと担ぎ上げた。


「うわ、離せよ!」


 少年プレーヤーはばたばた暴れるが、レベル差があるのかヴォイドの腕から抜け出せない。


「おお、捕まえてくれたのか。助かった」


 金髪がヴォイドに駆け寄って礼を言う。遠目からはわからなかったが、女性のようだ。


「そいつ、あそこの無人販売所で金を払わずに漬物を盗もうとしていたんだ。だから僕がとっちめてやろうとしたら、急に逃げ出すもんだからさ」


 金髪は女性だが、一人称は僕らしい。

 アバターは女性だが中身は男なのか、と小次郎が考えていると、「もしやおぬし、エディか?」と忠政が興奮したように言った。


「え、なんで僕の名前を?」


「わしじゃ、市川忠政じゃ」


 忠政が上着のフードを脱いだ。三毛猫柄の猫耳があらわになる。


「もしかして、忠政ちゃん?」


「そうじゃ、わしじゃよ。いやあ、久しいのうエディ」


 エディと呼ばれた金髪の女性と忠政が手を取り合ってきゃっきゃと喜んでいる。


「いいから離せよ!」


 ヴォイドに担ぎ上げられた少年プレーヤーがじたばたした。


「泥棒ってのは誤解だってさっきも言っただろ!」


 少年プレーヤーは、泥棒なんてしていないと言いたいらしい。少年プレーヤーをエディがきっとにらむ。


「誤解なわけあるもんか。僕はあんたが漬物を勝手に持っていくのを見たんだからな」


「だから誤解だってば!」


 何の騒ぎだ、とどこからか別の中年くらいの見た目のプレーヤーが駆け寄ってくる。


「泥棒を捕まえていたんだ。あんたは?」


 ヴォイドが尋ねると、新しくやってきた中年のプレーヤーは


「俺はこのメロン農家の主人です。うちの息子がなにかご迷惑をおかけしましたか?」


「息子だって?」


 エディが驚いたように言った。

 少年プレーヤーはすねたように口をとがらせた。


「俺は無人販売所の経営者の息子だよ。盗んだんじゃなくて、うちのものを持って行っただけだ」


「そうだったのか。捕まえて悪かった」


 ヴォイドが少年を肩から降ろす。


「いえいえ、息子が何か誤解させてしまったようで申し訳ありません」


 父親プレーヤーが頭を下げると、ぐいっと息子の後頭部を押さえて同時に頭を下げさせる。


「ぼ、僕も悪かったよ。ごめんな」


 エディも渋々といった様子で謝った。


 プレーヤー親子を見送ってから、ヴォイドがエディに尋ねた。


「エディさんだっけ。あんた、プレーヤーじゃないだろ。誰かの眷属彼女か?」


 そうなのか、と小次郎は少し驚いた。エディは他の眷属彼女たちのように空っぽには見えない。むしろ、自分たちと同じように、意志を持って動いているように見える。

 服装も、自分たちのように露出度の高い服ではない。オレンジ色の長袖シャツに、ぶかぶかしたデニムのサロペットを着ている。


 エディは肩をすくめた。


「まあそんなところさ。誰かの眷属彼女ではないけどね」


「なら野良のキャラクターか。よくここまで野良でやってこれたな」


「おっと、僕を眷属彼女にしようったってそうはいかないよ。僕には会いたい人がいるんだ。その人をずっと探していてね」


 エディは胸を張って言った。


「その人はこのゲームの中にいるのか?」


 ヴォイドが尋ねると、「そのはずだよ」とエディが答えた。


「僕が会いたいのは『宗一郎さん』って人だ。でもまだ会えてないんだ。たぶんこの先のマママツの街あたりにいると思うんだけど」


「俺たちもちょうどマママツの街を目指していたところだ。よかったら一緒に来ないか?」


 ヴォイドが提案すると、エディは忠政の後ろに隠れて警戒したようにヴォイドを見た。


「僕をあんたの眷属彼女にしようって魂胆じゃないだろうな」


「そんなことはしない。小次郎さんと忠政さんだって仮契約だしな。俺には感情がないから、眷属彼女に興味はないんだ」


 ヴォイドがそこまで言うと、「ならついて行ってやってもいいよ」とエディが言った。


「改めて、僕はエディ。よろしく」


「俺は†深淵の背律者ヴォイド†。ヴォイドと呼んでくれ」


 エディとヴォイドが握手した。

 小次郎が「俺の名前は……」と自己紹介をしようとすると、「知ってるよ、コジロウだろ。忠政ちゃんから耳にたこができるほど聞かされたからね」とエディが言った。





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