第80話 ぶっ壊れた機械

 ヤマナの街の旅籠はたごを目指す最中に、例の無人販売所はあった。


 「小メロン漬け」と書かれた木の看板の横に、きゅうりの漬物のようなものが入ったビンがいくつか無造作に置かれている。


「初めて見る食べ物だな」


 ヴォイドがビンを覗き込んで言った。


「『小メロン漬け』は、小さいうちに間引きしたメロンを漬物にしたものじゃ。ヤマナの街の名産のひとつじゃの。甘じょっぱくて、わしはなかなか好きじゃよ」


「忠政さんがそう言うなら買ってみるか」


 ヴォイドが木箱にゼニを入れて、ビンをひとつ取った。


 4人は「小メロン漬け」をぽりぽりかじりながら歩いた。

 きゅうりよりも固く、すこし甘い。


 米といっしょに食いたいな、と考えているうちに、旅籠はたごに到着した。


 動画を編集したいから、とヴォイドがログアウトする。

 小次郎と忠政は、旅籠はたごの一室でエディと向かい合って座った。


「エディといったな。他のキャラクターたちとは違うように見えるが……」


 小次郎が口を開くと、忠政が「当り前じゃ」と言った。


「エディは花魁おいらんじゃからの」


「花魁だと? りん鈴懸すずかけ善川室康よしかわむろやすと同じということか?」


「ああ、そうだよ」


 エディは少しもじもじしながら言った。


「僕はハンギバーの街の茶屋で花魁をしている。でもこないだ抜け出してきたんだ。どうしても『宗一郎さん』に会いたくてさ」


 花魁ということは、忠政が最初に降ろした4人の霊魂のうちのひとりということだ。


 エディの本名は、「トーマス・エディンソン」。アメリカの発明王だ。蓄音機や白熱電球を発明したことで有名である。


「『宗一郎さん』というのは?」


「『宗一郎さん』は日本で有名な発明家だ。一度会ってみたいんだよ。この先のマママツの街にいるってことしか知らない」


 小次郎はエディをまじまじと眺めた。

 美少女化されてはいるものの、元がアメリカ人なためか、他の2人の花魁よりも活発な印象を受ける。


「凛の鈴懸と室康さんはどうなったんだい?」


 エディが忠政に尋ねた。


「やつらなら成仏したぞい」


「なるほどね。僕が成仏するとしたら『宗一郎さん』に会ってからかな」


 それほど会いたい人がいるのも珍しい、と小次郎は思った。

 忠政には会いたい人がいるのだろうか。ヴォイドには……?





 翌朝になって、4人は旅籠はたごを出発した。


 エディはヴォイドの持っている端末に興味津々で、「分解させてくれよ」と何度か頼み込んでは断られていた。


 通りを脇にそれる3人に、エディは「あれ」と声をかけた。


「街を出るにはこっちだよ。何か用事でもあるのか?」


「ちょっとな」


 ヴォイドの前なので詳しく説明もできず、小次郎が言葉を濁すと、エディは「ふうん」と言ってついてきた。


 地蔵の森の前は広い田んぼになっていた。オフシーズンなのか稲はない。あぜ道を進んでいくと、道端で端末を抱えておろおろしている男性プレーヤーに出会った。


「困った……困ったなあ」


「どうした」


 小次郎が声をかけると、男性プレーヤーは田んぼの中央を指さした。何やら大きな機械が放置されている。


「あれは遠隔操作型の耕作機械なんだが、急に動かなくなってしまってな」


「運営には連絡したのか」


 ヴォイドが尋ねると、「1時間前にしたさ」と男性プレーヤーが諦めたように答える。


「でも、あの・・運営だからなあ。定型文が返ってきただけで、それ以来音沙汰なしだ」


 男性プレーヤーがため息をついたとき、エディがめをきらきらさせながら言った。


「僕なら直せるかもしれないよ」


「本当か? だが……」


「僕を誰だと思っているんだい。世界一の発明王さ。あの程度ならさくっと直しちゃうよ」


 エディは男性プレーヤーに工具を借りると、泥まみれになるのもいとわずに耕作機械の下に潜り込んでいった。


 「ふむふむ。なるほどね。ここはこうなっているのか」とぶつぶつつぶやいたエディは、車体の下からひょこっと顔を出し、「ちょっとこれ分解してもいいかい?」と尋ねた。


「分解だって? この機械を?」


「そうさ。ちゃんと直してみせるから、見てな」


 そう言ってエディはにわかに車体をばらばらに分解し始めた。


 もう終わりだ、と小次郎は思った。

 ばらばらに壊れてしまったものはもとには戻らない。


 幼少期、まだ忠政が「唐丸」と呼ばれていた頃、ふたりでふざけて父の大切な土瓶を割ってしまったことがある。何とかして修理しようと試みたが、土瓶はもとには戻らなかった。

 小次郎と世話係の竹富清次は父から大目玉を食らい、兄はおとがめなしだった。


「なるほどね、ここが故障してたんだ」


 エディはエンジンの部分を少しいじると、今度は機械をもとに戻し始めた。

 それはまるで手品のようだった。みるみるうちに元の形へ戻っていく耕作機械を、小次郎は初めて魔法を見る人間のような目で眺めていた。


「たぶん直ったよ。動かしてみな」


「あ、ああ」


 男性プレーヤーが端末をいじると、耕作機械ががたがたと音を立てて動き始めた。


「おお、動いたぞ。ありがとな嬢ちゃん、あんたのおかげで仕事ができるよ」


「ふふん。礼は言葉だけで受け取っておくよ」


 エディは鼻を高くした。





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