第81話 マママツの街のピアノ工場
「お前があの大きなものをばらばらにしたとき、もうもとには戻らないと思ったぞ」
小次郎が言った。
エディは全身の泥を払い落としながら、「まあね」と自慢げに言う。
「普通の人ならできないだろうね。僕は天才だったからできたことだ」
「お前が天才なら、お前の会いたがっている『宗一郎さん』もさぞ能のある人なんだろうな」
小次郎がつぶやくと、エディはうつむいた。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。会ってみるまではわからないよ」
ヴォイドたちは地蔵の小道を見つけて中へ入った。エディも興味津々でついてくる。
小次郎が地蔵に祈りをささげると、光の粒が空へ立ち昇って消えた。
光を眺めながら、エディは「なるほどね」と一言だけ言ってちらちらと忠政の方を見た。
ヤマナの街を出て隣の「ペトルックの街」を抜け、ボスのいる「マママツの街」へ到着した。
街の北に見える「マママツ城」は東海道の4番目の城で、オディンバラ城よりは小さいがハンギバー城よりは大きい。
「この街にあんたの探している『宗一郎さん』がいるんだな?」
ヴォイドが尋ねると、「たぶんね」とエディがうなずく。
マママツの街は、眷カノ随一の工業都市だ。生産された楽器や機械は一度運営に買い取られ、その一部は大型アイテムとして一般ユーザーに販売される。
眷カノの世界観にそぐわない自動車などはゲーム内での利用が禁止されているが、一部の大型耕作機械などは認められている。ヤマナの街でエディが直した機械もその一種だ。
「『宗一郎さん』だったらたぶんどこかの
エディが断言する。
しかし、大通りには大小様々な
最初の
若い職人プレーヤーがせわしなく働いている。店の奥には完成済みのピアノが数台並んでいた。
「『宗一郎さん』という人を探しているんだが」
ヴォイドが親方らしきプレーヤーに声をかける。親方は「さあ」と肩をすくめた。
ピアノをじっと見つめる小次郎に、「興味あるかの?」と忠政が声をかける。
「ああ、あの黒くて大きいものはなんだ」
「ピアノという楽器じゃ。触ってみるかの」
忠政は親方に許可を取ると、ピアノの前に小次郎を引っ張っていった。
白と黒の鍵盤が並んでいる。不思議な形状だ。
「ほれ、押してみよ」
「ど、どれをだ」
「どれでもいい」
おそるおそる鍵盤に触れると、案外重みがあった。指に力をこめて鍵盤を沈ませると、「ぽすん」と気の抜けたような音がした。
「お、音が鳴ったぞ」
「そりゃ鳴るじゃろう。楽器なんじゃからの」
別の鍵盤を押すと、また別の音がなる。
まるで奇術だ。小次郎が恐れおののいていると、ヴォイドとエディがやってきた。
「小次郎さん、ピアノは初めてか?」
「ああ。いったいどういうしくみだ」
「この大きい蓋のなかに弦があって、鍵盤に繋がっているハンマーで弦を叩いて音を出すんだ」
ヴォイドが鍵盤を押すと、「ぽん」と軽快な音がなる。小次郎が鳴らしたときとは明らかに音の質が違う。
「もしかして、ヴォイドはぴあのの心得があるのか?」
「まあな。多少は
ヴォイドがピアノの前に立って、曲を奏ではじめた。
小次郎は目を丸くしてヴォイドの指を見つめる。動きが速くて目で追えない。鍵盤が右に寄るにつれて音が高くなるのはわかったが、なぜそれを弾きこなせるのかがよくわからない。
「おお、さすが金持ちのぼんぼんじゃ。ピアノが弾けるとはの」
忠政も目を閉じて聞き入っている。
エディは……なぜか全身をぷるぷると震わせていた。
彼はにわかにピアノに抱き着くと、かじりつくように耳を押し当て、ぽろぽろ泣き出した。
「エディ、どうした」
ヴォイドが驚いて尋ねると、「演奏をやめないでくれよ」とエディが泣きながら懇願する。
「僕、生前は耳が悪かったんだ。音楽が大好きだったのに。こんなにちゃんとピアノの音を聞いたのは初めてだよう」
気が付くと、工場の職人たちも手を休めてヴォイドの演奏に聞き入っていた。
エディが泣き止むのを待ってから、一行は親方に礼を言ってピアノ製作所を出た。
「ああ、いい演奏だったよ」
エディが鼻をすすりながら言った。
「そんなに気に入ってもらえるとは思わなかった。録音しときゃよかったな」
ヴォイドが言うと、「いいや」とエディが首を振る。
「録音と本物では、感動の具合が違うからね。僕は録音機器については詳しいからね」
「そうなのか」
小次郎がつぶやくと、「エディは蓄音機という録音機器を世界で初めて発明した男じゃ」と忠政が教えてくれる。
「耳が悪かったのに音を残す器械を作ったのか」
「耳が悪かったからこそ、かな。初めて蓄音機で音の再生に成功した時は、全身がぶるぶる震えたよ。さっきの演奏を聞いたときみたいにね」
なるほど、すごい男だ、と小次郎は思った。
逆境をむしろ自分の推進力にする。並大抵の人間にできることではない。
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