第82話 チャリで来た
3軒目の
「どいたどいた!」
「うお」
小次郎が脇によけると、2つの輪がついた金棒の塊に乗った男が道路を突っ走って行った。
「な、なんだあれは」
「あれは自転車というものじゃ。じゃが、普通の自転車とは違うように見えたが……」
忠政が首をかしげる。ヴォイドが顔をしかめた。
「あの自転車、エンジンが載ってるな。改造自転車だろう」
「それはゲームの規約的にOKなのかの?」
「アウト寄りのグレーだな。運営にバレたらBANかもしれないのに、よくもまああそこまで堂々と乗るもんだ」
眷カノでは自転車の利用自体は許可されているが、利用者はほとんどいない。
第一に、プレーヤーが最速で走るのと速さは大差ないため。第二に、自転車の利用時にバグが起きやすいからという理由が挙げられる。
「僕、あれ乗りたい!」
エディが身を乗り出して言った。
ヴォイドがあきれたように首をふる。
「言うと思った。原付は禁止されているし、自転車に乗ってもメリットがないから乗らないぞ」
「あの、ヴォイド」
小次郎がおずおずと言った。
「俺も乗ってみたい、自転車」
◇
「貸自転車」の看板は古びて錆びかかっている。
こくりこくりと船をこぐNPCの親父にヴォイドは声をかけた。
「すみません、自転車を借りたいんですが」
「ぐう、すぴっ。はっ、お客さんかい?」
「自転車を貸してください。4人分」
ヴォイドが指を4本立てると、親父は怪訝な顔をする。
「貸している側から言うのもなんだが、本当に自転車に乗るつもりかね。バグっても責任はとれないよ」
「ちょっとその辺で乗り回すだけなので」
「変な人もいるもんだ。いいよ、好きなのを持っていきな」
ヴォイドが古い自転車の中から比較的新しいものを4つ選ぶ。
「やっほい」
エディが叫んで、自転車に飛び乗ると、手離しでこぎ始めた。
「なるほど、ああやって乗るのか」
小次郎がエディの真似をしてサドルにまたがると、
「あれを参考にしちゃいけない。俺が手本を見せるから見ていてくれ」
とヴォイドが自転車をゆっくりこいで見せた。
「わしも自転車に乗るのは初めてじゃのう」
忠政もサドルにまたがって、「小次郎よ、ヴォイドのところまで競争じゃ!」とはしゃぐ。
「忠政さん、小次郎さんも、本当に乗れるのか? 危ないから最初は手伝ってやろうか?」
ヴォイドが心配げに言った。
小次郎は首を横に振る。
「お前もエディも簡単そうに乗っている。馬みたいなものだろう。平気だ」
小次郎はペダルに足をかけて、ぐいっと前に踏み出した。
途端に視界がぐるりと反転し、ガシャンと横に倒れ込む。
「小次郎さん、大丈夫か!」
ヴォイドが自分の自転車をとめて小次郎に駆け寄った。
いたた、と小次郎は車体の下から這い出した。
「自転車には『バグ』が多いとは聞いていたが、ここまでとは」
「それはバグじゃなくて単に乗り方を知らないだけだよ」
ヴォイドがあきれたように言って、傷薬のポーションをくれる。
「わはは、小次郎は自転車が下手くそじゃのう。見てろ、わしが乗りこなしてみせる」
忠政がペダルに足を乗せ、小次郎と同じ姿勢でガシャンと横に倒れる。
忠政は倒れたまま眉間にしわを寄せた。
「ヴォイドよ、これはひどいバグじゃ」
ヴォイドはため息をついた。
「エディさん、手伝ってくれ。ふたりの自転車の手伝いをする」
ヴォイドが小次郎の、エディが忠政の自転車の後ろを支えて、兄弟はよろめきながら自転車をこいだ。
「小次郎さん、怖がらずにもっと速くペダルを回すんだ」
「こ、こうか?」
「そうだ。あと後ろは見るな。怪我するぞ」
「あ、ああ」
小次郎は前を見据えてペダルを必死にこいだ。
手ががくがくと震え、そのたびに車体が左右に揺れる。
「ヴォイド、できているか? ……ヴォイド?」
「小次郎! おぬし自転車に乗れておるぞ!」
はるか後方から忠政の声が飛んでくる。
え、と背後を振り返ると、ヴォイドの支えがない。
とたんに小次郎は平衡感覚を失って横へ倒れ込む。
「ああ、だから後ろは見るなって言ったのに」
ヴォイドが駆け寄ってくる。
「な、なんてことをするんだ。肝が冷えたぞ」
「そんなこと言われても、これが自転車の練習の定石なんだよ」
ヴォイドが困ったように言った。
「さすが、わしの弟じゃ。飲み込みが早いのう。エディ、わしの後ろはまだ離すなよ」
そう言いながら、忠政がひとりで自転車をこいで走り去っていく。
「もう離してるんだけどな。いつ気づくかな」
エディがあきれ顔をした。
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