第82話 チャリで来た

 3軒目の工場こうばを出たところで、バタバタバタとけたたましい音がして、「なにか」が通りを横切って行った。


「どいたどいた!」


「うお」


 小次郎が脇によけると、2つの輪がついた金棒の塊に乗った男が道路を突っ走って行った。


「な、なんだあれは」


「あれは自転車というものじゃ。じゃが、普通の自転車とは違うように見えたが……」


 忠政が首をかしげる。ヴォイドが顔をしかめた。


「あの自転車、エンジンが載ってるな。改造自転車だろう」


「それはゲームの規約的にOKなのかの?」


「アウト寄りのグレーだな。運営にバレたらBANかもしれないのに、よくもまああそこまで堂々と乗るもんだ」


 眷カノでは自転車の利用自体は許可されているが、利用者はほとんどいない。

 第一に、プレーヤーが最速で走るのと速さは大差ないため。第二に、自転車の利用時にバグが起きやすいからという理由が挙げられる。


「僕、あれ乗りたい!」


 エディが身を乗り出して言った。

 ヴォイドがあきれたように首をふる。


「言うと思った。原付は禁止されているし、自転車に乗ってもメリットがないから乗らないぞ」


「あの、ヴォイド」


 小次郎がおずおずと言った。


「俺も乗ってみたい、自転車」





 「貸自転車」の看板は古びて錆びかかっている。

 こくりこくりと船をこぐNPCの親父にヴォイドは声をかけた。


「すみません、自転車を借りたいんですが」


「ぐう、すぴっ。はっ、お客さんかい?」


「自転車を貸してください。4人分」


 ヴォイドが指を4本立てると、親父は怪訝な顔をする。


「貸している側から言うのもなんだが、本当に自転車に乗るつもりかね。バグっても責任はとれないよ」


「ちょっとその辺で乗り回すだけなので」


「変な人もいるもんだ。いいよ、好きなのを持っていきな」


 ヴォイドが古い自転車の中から比較的新しいものを4つ選ぶ。


「やっほい」


 エディが叫んで、自転車に飛び乗ると、手離しでこぎ始めた。


「なるほど、ああやって乗るのか」


 小次郎がエディの真似をしてサドルにまたがると、


「あれを参考にしちゃいけない。俺が手本を見せるから見ていてくれ」


とヴォイドが自転車をゆっくりこいで見せた。


「わしも自転車に乗るのは初めてじゃのう」


 忠政もサドルにまたがって、「小次郎よ、ヴォイドのところまで競争じゃ!」とはしゃぐ。


「忠政さん、小次郎さんも、本当に乗れるのか? 危ないから最初は手伝ってやろうか?」


 ヴォイドが心配げに言った。

 小次郎は首を横に振る。


「お前もエディも簡単そうに乗っている。馬みたいなものだろう。平気だ」


 小次郎はペダルに足をかけて、ぐいっと前に踏み出した。

 途端に視界がぐるりと反転し、ガシャンと横に倒れ込む。


「小次郎さん、大丈夫か!」


 ヴォイドが自分の自転車をとめて小次郎に駆け寄った。

 いたた、と小次郎は車体の下から這い出した。


「自転車には『バグ』が多いとは聞いていたが、ここまでとは」


「それはバグじゃなくて単に乗り方を知らないだけだよ」


 ヴォイドがあきれたように言って、傷薬のポーションをくれる。


「わはは、小次郎は自転車が下手くそじゃのう。見てろ、わしが乗りこなしてみせる」


 忠政がペダルに足を乗せ、小次郎と同じ姿勢でガシャンと横に倒れる。

 忠政は倒れたまま眉間にしわを寄せた。


「ヴォイドよ、これはひどいバグじゃ」


 ヴォイドはため息をついた。


「エディさん、手伝ってくれ。ふたりの自転車の手伝いをする」


 ヴォイドが小次郎の、エディが忠政の自転車の後ろを支えて、兄弟はよろめきながら自転車をこいだ。


「小次郎さん、怖がらずにもっと速くペダルを回すんだ」


「こ、こうか?」


「そうだ。あと後ろは見るな。怪我するぞ」


「あ、ああ」


 小次郎は前を見据えてペダルを必死にこいだ。

 手ががくがくと震え、そのたびに車体が左右に揺れる。


「ヴォイド、できているか? ……ヴォイド?」


「小次郎! おぬし自転車に乗れておるぞ!」


 はるか後方から忠政の声が飛んでくる。

 え、と背後を振り返ると、ヴォイドの支えがない。


 とたんに小次郎は平衡感覚を失って横へ倒れ込む。


「ああ、だから後ろは見るなって言ったのに」


 ヴォイドが駆け寄ってくる。


「な、なんてことをするんだ。肝が冷えたぞ」


「そんなこと言われても、これが自転車の練習の定石なんだよ」


 ヴォイドが困ったように言った。


「さすが、わしの弟じゃ。飲み込みが早いのう。エディ、わしの後ろはまだ離すなよ」


 そう言いながら、忠政がひとりで自転車をこいで走り去っていく。


「もう離してるんだけどな。いつ気づくかな」


 エディがあきれ顔をした。





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