第83話 僕と勝負してくれよ

 貸自転車屋に戻って店主の親父に声をかけると、ぐうぐう寝ていた親父がはっと目を覚ました。


「親父さん、この自転車どこに置けばいいですか」


「もう終わったのかい。その辺に適当に置いといてくれ。あとで戻しとくからよ」


 お代は……。とヴォイドが財布を開くと、「ひとり1時間30ゼニだ」と返事が返ってくる。


「安いですね。今はどこもかしこも値上がりしているのに」


「値上がり? わしは知らんな。ずっとこの値段でやっているもんでな」


「へえ、そんなんでやっていけるんですか」


 ヴォイドが尋ねると、店主の親父は目じりのしわを深くした。


「うちにはたまに『あの人』が来るからな」


 遠くからバタバタと音が近づいてくる。

 しばらくして、けたたましい音は貸自転車屋の前で止まった。


「親父さん、借りてた自転車ダメにしちまった。弁償するよ」


 そう言って現れたのは、先ほど通りを爆走していたあの男だ。

 

「お前さんか。また自転車を改造して壊したのかい。まったく」


 親父は口調はきついが、表情は嬉しそうだ。


「ああ、これで新しい自転車を買ってくれ」


 男は親父にゼニたばを渡して、ひょいと振り返った。


「わ、お客さん。気づかなかった」


「あんたなあ」


 ヴォイドがあきれたように言う。


「原付は規約違反だろ。それに、ヘルメットもつけないで乗るなんて危ないだろう」


「原付じゃなくてこのマシンは『バタバタ』っていうんだ。バタバタに乗るななんて規約のどこにも書いてねえ。それに、俺はプレーヤーじゃないから規約は適用されないしな。わっはっは」


 なんだあんたNPCだったのか。ヴォイドは驚く。


 親父も男につられるようにして笑った。


「まったく、宗一郎さんは屁理屈がうまいな」


「宗一郎さんだって⁉」


 エディが飛び上がって男に駆け寄った。


「もしかして……もしかして、あんたがあの盆田ぼんだ宗一郎さんかい?」


 男は「おうよ」と言って胸を張った。


「俺こそがマママツのエディンソンと呼ばれた男、盆田宗一郎さ。嬢ちゃんは?」


「僕は……僕がそのトーマス・エディンソンだよ」


 今度は男、宗一郎さんの方が驚いた顔をした。


「なんだって。君が本物のエディンソンか。こんなゲームだからどこかにいるだろうとは思っていたが、まさかこんな嬢ちゃんになっていたとは」


「ああ。ずっとあんたを探してたんだ。エディと呼んでくれ」


 宗一郎さんとエディが固い握手を交わす。


「俺を探してただって? そりゃまたどうして」


「あの、あのさ」


 エディはしばらく下を向いてもじもじしていたが、意を決したように顔を上げた。


「宗一郎さん、僕と勝負してくれないか」


 エディはずっと考えていた。この世で誰が一番「発明王」の名にふさわしいのかを。

 彼は宗一郎さんに尊敬の念を抱くと同時に、対抗心も燃やしていた。世界の発明王は、これほどまでにすごいのかとあっと言わせてみたかった。


「勝負か。面白そうじゃないか。何をするんだ」


 宗一郎さんが目を細めた。


「何を……ってのはまだ考えてなかったけど、とにかく発明で勝負がしたいんだ」


「じゃあこういうのはどうだ」


 ヴォイドが口を挟む。


「小次郎さんと忠政さんはまだほとんど自転車に乗れない。見てて気の毒になるんだ。だから、そんなふたりでも簡単に乗れる自転車を発明した方が勝ちというのはどうだろう」


「いい案だ。その嬢ちゃんふたりでも乗れる自転車にすればいいんだな。とりあえず、俺の工場こうばへ来ないか。工具や材料はだいたいそろっているからな」


 一行は宗一郎さんの案内で工場こうばへ向かった。

 工場こうばの看板には「盆田製作所」と書かれている。


「これが『世界のBONDA』か」


 ヴォイドが看板を見上げて言った。


 BONDA社は、現実世界リアルでは日本有数の自動車やバイクを製造・販売する会社で、L-BOXやヴィゼルといった車種が人気だ。


 そのBONDA社を立ち上げた人物こそがこの盆田宗一郎氏である。


 エディは深呼吸をして、機械油のにおいを腹いっぱいに吸い込んだ。


「ルールを確認しよう」


 宗一郎さんが言った。


「俺とエディが作るのは、そこのふたりのような初心者でも乗れる自転車を作ること。評価のポイントとしては、簡単に乗れること、しっかりスピードが出て小回りが利くこと、乗り心地がよいことの3点だ。この工場こうばにあるものは何でも使っていいし、外に材料を買いに行ってもいい」


「自転車の定義はどうするんだい。エンジンはなしかい?」


 エディが尋ねる。宗一郎さんが「うーむ」と首をひねった。


「エンジンがあったらそれはもう自転車ではなくて原付だな。とはいえ、最近は電動アシスト自転車なんてものもあるそうだしなあ。そうだ、『主に人力で・・・推進力を得ていること』を自転車の定義としよう。タイムリミットは、明日の朝までだ」


「明日か。なら、俺と小次郎さんと忠政さんはいったん退散しよう」


 ヴォイドが言った。

 3人はエディを置いて工場こうばを出ると、大通りを歩き始めた。


「どうする、時間ができたし、マママツ城のボスを倒しにいくか? それとも飯でも食いにいくか?」


 小次郎と忠政は顔を見合わせる。


「俺は飯が食いたい」


「わしもじゃ」


「ならうなぎのかば焼きでも食いにいこうか」


 3人は「マママツ名物 うなぎ」の暖簾のれんをくぐった。





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