第84話 自転車バトル、勝者は……?

 翌朝、ログインしたヴォイドと合流し、小次郎と忠政は宗一郎さんの工場こうばへ出向いた。


 徹夜で作業したのか、目を真っ赤にしたエディが機械油まみれになったエプロン姿のまま出てきた。


「おはよう。ようやく完成したよ」


「俺もだ」


 工場こうばの奥から宗一郎さんが現れた。


「僕の作品から披露するよ。ついてきて」


 エディが工場こうばの隅に置いてある、布のかけられた物体まで一同を案内した。


「さあいくよ。えいっ」


 エディが布を取ると、二つ並んだ自転車が現れた。自転車同士が3本の棒でつながっている。


「僕は自転車がどうして倒れるのか考えたんだ。それにはいろんな理由があるけれど、『2か所しか地面に接していない』のが一番の原因だと思ってね。でも、補助輪をつけたり三輪車にするだけでは面白くない。だから、忠政ちゃんとコジロウが双子であることを活かして、こんな4輪双子用自転車を作ってみた」


「なるほど、面白いデザインだな」


 宗一郎さんがうなる。


 小次郎と忠政はエディに促されるままに2つのサドルにまたがった。

 

 重心が低めに作ってあるためか、安定していて倒れそうにない。

 ペダルをこいでみると、多少ふたりの息を合わせなければうまく進まないが、少し慣れると自在に車体を操ることができた。


 ただし、ハンドルが2つあるため小回りはよくない。


「いい自転車だ。乗り心地もいい。ただ、少し曲がりにくいな」


 小次郎は正直に答えた。

 そうなんだよな、とエディが頭をかく。


「最初は2つのハンドルをつなげていなかったんだけど、そうすると二人があべこべに曲がろうとしたときに止まっちゃうだろ。だからつなげてみたんだけど、そうすると曲がるときに力が必要になっちゃうんだ。ここは改善の余地ありだな」


「さあ、今度は俺の番だ」


 宗一郎さんが工場の奥へ4人を引き連れていった。


「僕のよりいいデザインが作れるはずがないよ」


 エディは自信ありげだ。「さあどうかな」と宗一郎さんはにやりと笑って、布を取ってみせる。


 出てきたのは普通の自転車とほとんど変わらない形状のものだった。ただし、タイヤの幅が少し広く、円が大きい。


「2輪車だって⁉ 初心者のふたりは乗りこなせないよ」


 エディが驚いて言った。

 

「さあ、本当にそうかな」


 宗一郎さんはにやにやしながら2輪車の支えの棒を外した。


 宗一郎さんが自転車を浮かせて車輪についたレバーをぐるぐる回すと、中心から放射状に伸びる「スポーク」とその中心の「ホイール」部分が回り始めた。しかし、タイヤは回っていない。


 自転車を床に置くと、車体は倒れることなくその場で自立した。

 車輪は高速でぐるぐる回っているのに、タイヤはびくともせずにじっとしている。


「なんだこれ、どうなっている?」


 ヴォイドが首をかしげる。

 宗一郎さんは興奮したときのヴォイドのような早口で説明を始めた。


「これはゲームのバグを利用しているんだ。このゲームには、物体どうしで反発するバグと、物体が貫通してしまう2種類のバグがある。前者はたとえば、壁に近寄ったらむずむずするだろう。あの感じだ。後者だと、壁抜けができたりすることがある」


 小次郎はミヤビタウンで忠政と壁抜けしたときのことを思い出した。


「これは前者を利用していてね。眷カノの自転車にバグが多いのは、輪の金具部分である『スポーク』とタイヤが反発バグで分離してしまうからだ」


「そうだね。だから僕の自転車はスポークを少し大きめにして外れないようにしているよ」


 エディが自身の4輪自転車を見て言った。


「その反発バグを利用したのが俺のこの自転車だ。あえてスポークをバグらせて少しタイヤから離すことで、スポーク単体で自由に回るようにした。スポークを素早く回せば、自転車が支えていなくても自立する」


 宗一郎さんが自転車を軽く押すと、自転車はゆらゆらとしばらく揺れて、またもとの直立に戻った。


「この原理を角運動量保存則という。もちろんこの状態では動かない。が、ハンドルを少し下に押すことで」


 宗一郎さんはハンドルを手のひらで押した。自転車がぎゅっと音を立てて前に進み、手を離すと再び止まる。


「前に進むんだ。ハンドルとタイヤの締め付け具合が連動するようになっていてね。スポークとタイヤがかみ合うようにできている」


「すっげえ!」


 エディが叫んだ。


「乗ってみてもいいかい?」


「いいけど、そっちの初心者さんたちが先だ。そういうルールだろ」


 小次郎はスポークがぶんぶん回っている状態の宗一郎さんの自転車にまたがった。おそるおそる足を離してみると、たしかに倒れない。


 ハンドルを下に少し倒すと、「ぎゅん」と何かが噛みあう音がして、唐突に前に進み始めた。


 自転車は十数メートル進んで次第に速度が遅くなり、停止した。横に倒れ込みそうになってあわてて足をつく。


「このように、人が乗ってしばらくすると摩擦で止まってしまうのが俺の作品の欠点だ。だが、自転車の初心者が一番つまずくのは『走りだし』の部分だろう。『走りだし』をサポートして、2輪車にも乗れる感覚の練習代わりにしてもらうのが目的だ。まあ、バグを利用した作品だけどな」


 エディが小次郎に代わって宗一郎さんの自転車を乗り回し、「すげえすげえ」と言っている。


 曲がるときは普通の自転車のようにハンドルを動かすのではなく、車体ごと傾けて倒れるように曲がるようになっている。エディは平気そうだったが、小次郎は見ていてはらはらが止まらなかった。


「それじゃあ、ジャッジといこうか。おふたりさん、どっちの作品がいいと思ったか教えてくれ」


「わしは宗一郎の自転車じゃの。発想の勝利じゃ」


 忠政が即答した。小次郎は少し考えてから、「俺はエディの自転車かな」と答えた。


「宗一郎の自転車も面白かったが、実際に乗るとなるとエディの自転車だな。乗り心地が段違いだ」


「なんだ、同点か」


 エディが口をとがらせる。

 宗一郎さんがわははと笑った。


「まあまあ、今回は引き分けでいいじゃないか」


「今回は、ってことは、また来てもいいのかい?」


 エディが目を輝かせた。


「ああ、もちろんだ。またいつでも勝負をしようじゃないか。俺が忙しくないとき限定だけどな」


 そう言って宗一郎さんはエディと固い握手を交わした。





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