第85話 怪人メカニカル仮面

「俺たちはそろそろ出発するが、エディはどうする? この工場こうばに残るか?」


 ヴォイドが尋ねた。

 エディは少し下を向いてもじもじしながら、「残るよ。宗一郎さんがいいって言うならだけど」と答えた。


 忠政と小次郎はエディを工場こうばの隅へ引っ張っていって、ヴォイドたちに聞こえないように問い詰めた。


「残るといったって、茶屋はどうするのじゃ。おぬしは花魁じゃろう。運営が探しに来るのではないか?」


「最近のキャラクター消失事件、たぶん忠政ちゃんとコジロウのせいなんだろ。運営は消失したキャラの穴を、別のモデルを用意して塞ぐ方向に動いている。僕はこのチャンスを逃したくないんだ」


「たしかにそうじゃが……」


 忠政が言いよどんでいると、「俺は大歓迎だぞ」と宗一郎さんが言った。


「俺は忙しいんだ。今からもちょっと出かける用事があるしな。その間、工場こうばの留守番をしてくれるやつをちょうど探してたところだ」


「じゃあ!」


 エディが目を輝かせる。


「ああ、ここにいてくれ、エディ」


 一同は工場こうばの外へ出た。


「じゃあな、忠政ちゃん、コジロウ。ヴォイドも。また会えたら会おうぜ」


 エディが手を振る。

 ヴォイド一行は手を振り返して、マママツ城に向かって歩き始めた。


「兄上、エディの霊魂は成仏させなくてもいいのか?」


 小次郎はひそひそ声で忠政に尋ねた。


「ああ。あやつの意志は固いからの。おぬしが祈ったところで成仏するまい」


「……」


 小次郎の目的はこのゲームを終了させること。エディの幸せも、束の間のこととなるのだろう。


「おぬしの考えていることはわかるぞ。宗一郎はキャラクターではなく、霊魂のないNPCじゃ。ゲームが終われば、宗一郎も消えることになる」


「エディは俺を憎むだろうか?」


 さあの。忠政が肩をすくめた。


「そのときがきたらエディ自身が考えることじゃ。おぬしが悩む必要などないじゃろうに」


「ふたりとも、そろそろ次のボス戦の作戦会議をしよう」


 ヴォイドが小次郎と忠政に声をかけ、道端に腰を下ろした。


 マママツ城のボスは「怪人メカニカル仮面」。全身がメカになっており、車や機械を使って攻撃をしかけてくる、やっかいな相手だ。

 全身が鋼鉄に覆われており、とにかく防御がかたい。


「今回は歴史上の人物ではないのだな」


「ああ。だが、工業都市マママツらしいボスだ」


 3人はたっぷり作戦を練ってから、マママツ城に向かった。


 城門に入ろうとしたところで、小次郎は緑の障壁にばいんと弾かれた。


「な、なんだ?」


「小次郎さん、見ろ、これ」


 城門の脇の立て札に、「マママツ城は現在メンテナンス中です」と書かれている。


「マママツ城はバグが多いのか、しょっちゅうメンテをしているんだ。タイミングが悪かったな」


 ヴォイドがそう言ったとき、立て札と緑の障壁が、3人を迎え入れるように光の粒になって消えた。


「もう入っていいのか?」


「ああ、ちょうどメンテが終わったみたいだ。運がいいのか悪いのか……」


 ヴォイドに続いて小次郎は城門をくぐった。

 暗闇に包まれて、長いロードが入る。


 いつもとなにかが違う、と小次郎は感じた。

 ボス部屋に入る前に感じる、敵の「悪意」が今回はない。


 そんなことを考えていると、顔にかすかな風が当たって、ロードが明けた。


 真っ黒なもやのようなエフェクトの中に、怪人メカニカル仮面は立っていた。全身を鋼鉄の鎧で包み、両手は鋭利な刃のようになっている。


「小次郎さん、忠政さん、位置に着け。まずは俺のターン」


「まてヴォイド」


 小次郎がヴォイドを制止する。


「どうした小次郎さん」


「やつには敵意がない。もうすこし様子を見よう」


 小次郎がそういうと、怪人メカニカル仮面がくっくっくと笑った。


「君の目はごまかせなかったようだ」


 黒いエフェクトがさっと引き波のように消え、怪人メカニカル仮面の体から、鋼鉄の装備がひとつ、またひとつと音を立てて床に落ちる。


 最後に怪人メカニカル仮面が顔の仮面を取ったとき、ヴォイドが叫んだ。


「宗一郎さん⁉」


「ああ、いかにも。俺が怪人メカニカル仮面の正体だ」


「ボスだったのか、あんた」


 ヴォイドはまだ信じられないという顔をしている。


「隠していて悪かった。どうかエディには内緒にしておいてくれ。俺は君たちと戦う気はない。ほら、通行手形だ。持っていけ」


 宗一郎さんが黄色い紙を差し出した。


 ヴォイドがおそるおそる近寄って、さっと紙を受け取る。本当に戦う意志はないらしい。


「じゃ、元気でな」


 宗一郎さんが笑って手を振ると、強制ロードが入り、3人は再び城門に飛ばされた。


「まさか宗一郎さんが怪人メカニカル仮面だったなんてな」


 ヴォイドが通行手形を見つめて言った。


「なあ、兄上」


 小次郎がつぶやく。


「宗一郎は、これまでのボスとは違った。なんだかあいつには確固とした心があるように俺は見えた」


「そうじゃのう」


 忠政が笑う。


「おそらく……これはわしの想像じゃが、それはエディが原因なのではないかの。エディが頭の中で作り上げた理想の『宗一郎』の偶像が、あのNPCに影響を及ぼしたのじゃ」


 一行は街を出る前に、いつものように地蔵参りをした。


 狭い木立の中で、小次郎は両手を合わせる。

 霊魂たちよ、安らかに眠れ。


【おっと、これは何だい?】


 聞き覚えのある声がして、小次郎が顔を上げると、エディの霊魂が地蔵の上にふわふわと浮いていた。


「すまない、どの地蔵に誰の霊魂が入っているか、見分けがつかないものだから」


【いいってことよ。でも、僕はまだ成仏しないよ】


 エディの霊魂は鈴のような笑い声を立てて、すうっと地蔵に吸い込まれるように戻っていった。


 小次郎が祈りを終えて立ち上がったとき、背後の木々の隙間にあった小さな地蔵から光の粒が飛び出して、ヴォイドの体に後ろから体当たりをするように消えた。


「うわ、なんだ」


 ヴォイドが背中をぽりぽりかいた。


「ヴォイド? なにかあったのか?」


「いや、なんでもない。ちょっと背中がぞわっとしただけだ」


 おそらく何かの見間違いだろう。小次郎は気にしないことにした。


 地蔵の小道を出てから、縮こまった体を伸ばすようにヴォイドはぐっと伸びをした。


「うーん、いい天気だな。なんだか動画を撮りたい気分だ」


 そういえば、謝罪動画以来ヴォイドが動画を撮っているのを見ていない。

 そろそろ血飛沫のケンの言う「清算」も済んだ頃だろう。


 ヴォイドがいきいきしているのを見て、小次郎も少し嬉しくなった。


 動画の内容を考え出したヴォイドは、ぼんやりしながら背中をかいた。





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