第1話 岩狭ヶ原の戦い

 岩狭ヶ原いわさがはらの夕日を背に、兜を被った武将が軍勢から進み出た。彼は胸元の鎧に刺さった矢を抜き捨てると、腰から刀を抜き、小次郎こじろうに向けて突き出した。


「我こそは三毛国さんけのくに領主忠政ただまさ、蛮族小次郎よ、手合わせ願おう!」


「一騎打ちか……面白い。俺は八つ裂きの小次郎。市川忠政……いや、兄上よ。その首頂戴いたす!」


 市川家の宝刀「天下丸てんかまる」と、小次郎の長槍「鬼首切おにくびきり」が、戦国の荒れ野に交差した。組み合う刃から火花が飛んだ。


「ははは、小次郎よ、腕を上げたな」


 生きるか死ぬかの一騎打ちにもかかわらず、楽しそうに笑い声をあげる忠政に、小次郎は忠政の余裕を見て取った。

 小次郎は今まで一度も忠政に勝ったことがない。昔からそうだった。


 だが、余裕は油断だ。


 歯ぎしりしたい心を押さえて、小次郎は忠政の太刀筋を追った。一筋見えた、油断の糸。今にも消えそうなその細い糸に、小次郎は深く斬り込んだ。


 一瞬の後、忠政が血を吐いた。


 小次郎が「鬼首切」を引き抜くと、忠政が前のめりに倒れ込む。


「見事……じゃ」


 血の付いた唇で、忠政が笑った気がした。

 小次郎は「鬼首切」をふりかぶる。


「さらばだ、兄上」


 両陣営は静まり返っていた。岩狭ヶ原の中心で、小次郎は忠政の首を斬り落とし、自陣に向けて掲げて見せた。


「市川忠政、討ち取ったり!」


 小次郎の数百人の陣営から歓声が上がる。忠政の1万人の家臣たちは、ある者は武器を取り落とし、別の者はすでに北方の森へ撤退を始めていた。


 逃がすものか。残党は全員狩り尽くす。

 小次郎が振り返りかけたとき、背後から風を切る音がして、数本の矢が小次郎に向かって飛んできた。


 咄嗟に、1本を槍で打ち落とし、もう1本を忠政の首で受け止める。


「何奴!?」


 顔を上げると、南東の方角から別の軍勢がやってくるのが見えた。夕日に照らされた旗印は、小次郎が仕える西条氏の家紋であった。

 ほっとしたのも束の間、西条氏の軍勢から多数の矢が飛び、小次郎の手下たちをなぎ倒していく。


「なるほど……俺は用済みというわけか。謀ったな西条め」


 矢の雨の中、小次郎は忠政の死体の上に首を置き、両手を合わせた。


「兄上、お前のかたきを殺しに行く」


 小次郎は長槍を掴み、西条氏の軍に向かって走り出した。






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