第65話 ダンスは顔から

 事務所に戻ると、梔子くちなし様とイエロー・パンサーがプランクをさせられていた。

 

 鬼束トレーナーににらまれて、血飛沫のケンとヴォイドも並んで床に這いつくばった。


 ゲーム内の身体能力はレベルに依存する。なので、ヴォイドたちLv.999組はたいていの筋トレは簡単にこなしてしまう。逆に言えば、ゲームの中でどれだけ鍛えても現実リアルには影響しないということだ。プランクのような筋トレがアイドル活動に効果があるのか疑わしい。


 しかし、鬼束トレーナーは自信満々で「右足を上げなさい」とか「次は片手よ」と指示をする。


 おそらく、地面に這いつくばらせて一度自尊心を地に落とさせることが目的なのだろうと小次郎は思った。


 一通りの筋トレを終えて、ついにダンスの審査が始まった。

 鬼束トレーナーは4人を横並びにさせると、針のような声で言った。


「振りを覚えてきていない人間に最後まで踊る資格はないわ。間違えたら途中で踊るのをやめなさい。いいわね」


 ミュージック、スタート! と鬼束トレーナーが叫ぶ。

 音楽は始まらない。


 鬼束トレーナーが振り返って高橋くんをにらむと、高橋くんは慌てて端末を操作した。


 曲が流れ、4人は同時に踊り始めた。


 ヴォイドは作戦通り、体と表情を大きく動かしている。大きく動かしすぎているせいで、リズムが追い付いていない。

 「悲しみの」のところで泣きそうな顔。「愛の雨」のところでは天を仰ぎ、「きみのために」のところでは渾身のドヤ顔を見せる。


 ヴォイドを見て思わずくすりと笑った高橋くんは、小次郎と目が合って慌てて笑うのをやめた。


 練習の成果が出ている、と小次郎は感じた。それとも善川室康の「加護」の効果だろうか。少なくとも、忠政の舞よりはうまい。


 はきはきと踊っていた梔子くちなし様は、後半になって足がもつれ始めた。血飛沫のケンもどこか自信がなさげだ。イエローパンサーはそつなく踊っているように見える。


 4分半が経ち、4人の息づかいが大きくなり始めたとき、曲が終わった。

 その場にいた全員の視線が鬼束トレーナーに集中する。


「ふん」


 鬼束トレーナーが鼻を鳴らした。


「全員合格よ。間違えた人はいなかったようね」


 ヴォイドと高橋くんが漏らした安堵の息に重ねるように、「でも」と鬼束トレーナーが厳しい口調で言う。


「お客さんの前に出せるレベルには誰一人として達していなかったわ。まず紫のあんた、序盤はいいけど後半は練習不足。黒のあんたはリズムがめちゃくちゃ。赤いあんたは動きがあやふやよ。一番よかったのは」


 鬼束トレーナーがイエロー・パンサーを指さす。


「黄色のあんたよ。悔しいけどね」


 イエロー・パンサーは「うす」と答えただけで、表情を変えない。何を考えているのかわからない。


 ダメ出しをされて落ち込んでいる様子のヴォイドに、鬼束トレーナーは指を突き立てた。


「それからあんた」


「は、はい」


 ヴォイドが縮こまった。


「クオリティは低いけど、少なくとも自分のコンセプトはちゃんと考えてきたみたいね。ほめてあげる」


「あ、ありがとうございま――」


「でもあとはダメダメ。全員ダメよ。ボイトレから入るから、キーボードの前に並びなさい」


 ヴォイドが小次郎と忠政の方を振り返って満面の笑みでガッツポーズをした。


「現金なやつじゃのう」


 忠政があきれたように笑った。





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