第66話 致死量のカレー

 「全くやる気のないアイドル」。ユア・スレイヴは世間からそう評されていた。

 けなされているのではない。むしろ、そのゆるさが受けていた。


 小次郎と忠政はヴォイドの端末でユア・スレイヴの動画を見ていた。


 スタッフがもってきた激辛カレーに、ユア・スレイヴの4人が心底嫌がるようなリアクションを取る。


「なんとこのカレー、致死量の辛み成分カプサイシンが入っています」


 スタッフの言葉に4人が「えーっ」と目を丸くする。「えーっ」も何も、ヴォイドとイエロー・パンサーが考えた企画なのだから驚いているのも演技だ。


 4人でじゃんけんをし、負けたヴォイドがカレーを食べることになった。

 血のように真っ赤な色をしたカレーのにおいをかいで、ヴォイドが顔をしかめる。


「いただきます」


 カレーを一口食べたヴォイドがむせかえってカメラの外に倒れ込む。


 「†深淵の背律者ヴォイド†がログアウトしました」と表示が出て、他の3人がけらけら笑った。


「ぎゃはは、やっぱりカレー動画が一番面白いのう」


 忠政が腹を抱えて転げまわり、「戻る」ボタンを押して動画をまた一から再生する。


 動画タイトルは「【閲覧注意】致死量の辛み成分の入ったカレー食べてみた」だ。過激な企画ばかりやるので、ユア・スレイヴ公式チャンネルの動画の3割には【閲覧注意】が入っている。


 当のヴォイドはハダカデバネズミの着ぐるみを着て、建物の窓ガラスを鏡に、ダンス練習に余念がない。

 着ぐるみは、顔が知られてきたので念のため着ているそうだ。


 今日は18時からミヤビタウンでユア・スレイヴのお披露目ステージだ。失敗するわけにはいかないと、ヴォイドはずっと練習をしている。


 時刻は正午をまわり、街の時計塔が鐘を鳴らした。

 リハーサルの刻限が近づいている。


 3人はテレポートチケットでライブ会場のあるミヤビタウンに飛んだ。


 ミヤビタウンの広場に、ライブ会場は設営されていた。小さな舞台に、ライトもモニターもない。質素なつくりだ。


 舞台裏には、音響機器と着替え用のカーテン、備品が数個置かれているほかには何もない。


 カメラも、いつものカメラマンが舞台裏の撮影から本番の撮影まですべて担当するらしい。


「お疲れ様です」


 ヴォイドが舞台裏に入ると、すでにほかの3人と運営の氏家が集合していた。


「本日の段取りを説明します」


 氏家が手を叩いて言った。


 まずはリハーサルから。いきなりユア・スレイヴのお披露目をするのではなく、まずは前座として殺陣たてのプロを呼んでいる。アイドルのデビューと同時にコラボする、「名刀男子~百花繚乱のイケメンたち~」のコラボ新武器を使って、殺陣たての演舞をするのだ。


 殺陣たてが終わるとついに、ユア・スレイヴのお披露目だ。デビュー曲を披露してそのままMCトークに入る。その後はシングルのカップリング曲と、眷属彼女♡オンラインのテーマ曲カバーを披露して終わり。


 時間はMCを含めて30分ほど。たった30分間で、お客さんの心をぐっとつかまなければならない。


 リハーサル後は4人でビラ配りをするため、今日の練習時間は本番直前の1時間しかない。


「かならず成功させましょう」


 意気込む氏家に、4人は力強くうなずいた。

 

 小次郎は前座のスタントマンたちが殺陣たての位置取りを確認している様子をぼんやりと眺めていた。

 小次郎は殺陣たてが好きだった。実際の戦闘では発揮できない剣術の美しさを、血を流さずとも追及できるその武芸が好きだった。


「いいぞ、にらめにらめ!」


 ハンチングをかぶった中年の男が役者に向かってメガホンで叫ぶ。彼がアクション監督らしい。


 もし自分が生まれ変わったら、美少女のゲームキャラなんかではなくこの時代の普通の人間に生まれ変わることができたら、殺陣たての役者になりたい、と小次郎はふと思った。


 舞台袖から新しい俳優がふたり出てくる。どうやら殺陣たての演目のメインらしかった。

 ふたりの片方がもっている刀には見覚えがあった。


 宝刀「天下丸」。市川家に代々伝わる刀を模したもののようだ。

 ということは、もう片方の役者がもっている槍は小次郎の愛用武器「鬼首切」だろう。こちらは史料があまり残っていないのか、再現性が低い。


 カンカンと音を立てながら舞う役者たちの残像を小次郎は見とれるように眺めていた。





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