第50話 わらしべ貧者

「4問目。塩野谷は今どこにいる?」


 塩野谷氏とは、悪霊だった忠政を降霊術によって現世へと降ろしたゲームプロデューサーだ。

 忠政と塩野谷氏は契約を結び、忠政がゲームの中で自由に暮らせるようにする代わりに、忠政は塩野谷氏のゲーム制作に協力した。


 忠政は押し黙った。


「塩野谷の一番近くにいたおじい様ならよく知っているはずだが、答えたくはないとおっしゃるか。それでは質問を少し変えよう。塩野谷がいるのは『地獄』だ。違うか?」


「気づいておったか」


 忠政がうなだれる。


「わしは塩野谷を救えんかった。あやつが落ちていくのを、ただ見ているしかなかった――」


 一方その頃、小次郎は茶屋を出てのんびりと通りを散歩していた。


 急ぎの用でないのは明白だったので、気ままな足取りで碁盤の目状になった通りを北へ向かう。


 街の北側には大きな富士ヶ岳が見えた。

 近年、巨大な物体の形状のデータを簡単に取る技術が進歩し、本物の富士ヶ岳をスキャニングしたものが国土地理院によって無料公開されている。


 そのデータを利用した巨大アセットが、眷カノ名物の富士ヶ岳、正式名称「フェニックス・マウンテン」だ。


 しかし小次郎にはそんな事情もわからないので、ただの富士ヶ岳に見える。


 霊峰れいほう富士と謳われるだけあって、どこか神々しさもあった。


 富士を眺めながらとことこ歩いていると、草履がぐにっと何かを踏んづけた。


「ぎゃ」


 足元から悲鳴が上がる。

 慌てて足を離して見下ろすと、プレーヤーがひとりあおむけに倒れていた。手のひらを踏んでしまったらしい。


「どうした、辻斬つじぎりにでも遭ったか」


「た、たすけてくれ……」


 プレーヤーは見るからにぼろぼろで、今にも死にそうだ。はやくポーションを飲ませてやらなければならないが、あいにく手持ちがない。


 走って表通りに出ると、すぐにアイテムショップは見つかった。


「一番大きいポーションをくれ」


 そう言って値札を見ると、特大ポーションは1万ゼニ。小次郎の手持ちは8000ゼニだ。


 仕方なくひとつ下のランクのポーションを7500ゼニで買って、プレーヤーのもとへ戻る。


「これを飲め」


 ポーションを飲ませると、プレーヤーの顔色が少し良くなった。


「ありがとう、富士ヶ岳ダンジョンで試しにレベル4に入ってみたらぼこぼこにされて、ここまで這ってきたんだ。通りすがりの人は誰も助けてくれなかったから、もうだめかと思った」


 どこかで聞いたような話だ。

 小次郎が苦笑いしていると、プレーヤーは燃えて穴の開いた鞄をがさごそと漁った。


「悪いが手持ちの金がないんだ。代わりにこれをやるよ」


 プレーヤーが取り出したのは「修繕テープ」だった。

 壊れたアイテムに貼るだけで直せる便利アイテムだ。


「いいのか? 珍しいものと聞いたが」


「今持ってる中で一番レアなのがこれなんだ。まあ売るなり使うなりしてくれ」


 修繕テープを受け取って、小次郎は再びオテンバ・プレミアム・アウトレットに向かって歩き始めた。


 手持ちは500ゼニ。品物はどれも高騰しているし、まともな茶菓子が買えるとは思えないが、使いの命を受けたものとしては餅屑もちくずひとつでも買って帰るのが筋だろう。


 しばらく進むと、道端でしゃがみ込み、「どうしよう、どうしよう」とつぶやいているプレーヤーがいた。


「どうかしたか?」


 声をかけると、プレーヤーは涙目で小次郎を見上げる。


「俺の大事なおのが刃こぼれしちまったんだ」


「新しいのを買わないのか?」


「金なんてねえよう。それに、この斧は友達の形見なんだ」


 それは大変だ。だが、あいにく小次郎も金をほとんど持っていない。

 そのとき、小次郎は修繕テープをもらったことを思い出した。


「これで直せるだろうか」


 小次郎が修繕テープを手渡すと、プレーヤーはたいそう喜んだ。


「よかった、この斧はゲームを引退した友達に託された形見なんだ」


 死んだわけではないのか。拍子抜けした小次郎に、プレーヤーは緑色に光る羽を差し出した。


「お礼と言っては何だが、この『グリフィンの羽』を持って行ってくれ」


 グリフィンの羽とは、短時間だけ空を飛べるアイテムである。

 ヴォイドはこのアイテムを利用して飛行バグを発生させていた。


 プレーヤーにしか使えないアイテムなので、小次郎の役には立たないが、ヴォイドに渡せば喜ぶかもしれないと小次郎はアイテムを受け取った。


 オテンバ・プレミアム・アウトレットも近くなり、通りが広くなって人も増え始めた頃。


 突然大通りに子供の泣き声が響いた。

 付き添っている女性プレーヤーが子供NPCをなだめている。


「どうした」


 小次郎がしゃがみこんで子供NPCに声をかけると、子供は泣きながら上空を指さした。

 赤い風船がふよふよと漂っている。手を離して飛ばしてしまったらしい。


「娘が風船を離してしまって、泣き止まないんです。すみません」


 プレーヤーは平謝りだ。


「この子供はお前の娘なのか?」


 小次郎は驚いて尋ねた。

 プレーヤーとNPCが家族になれるなど思いもしなかった。


「そうです。NPCではありますが、大事な私の娘です」


「そうか。そういえば、こんな道具があるのだが、役に立つだろうか」


 小次郎がグリフィンの羽を手渡すと、プレーヤーは喜んでアイテムを受け取った。


 プレーヤーがアイテムを使って空へ舞い上がる。風船の紐をうまくつかんで、プレーヤーはゆっくりと地面に降り立った。


 子供NPCがキャッキャと笑った。


「ありがとうございました、おかげで風船を取ることができました」


「いや、気にするな」


「お礼をしなければ……そうだ、最近気が付いたらなぜかかんざしを持っていたのですが、私はトレードはさっぱりですし、どうぞ受け取ってください」


 プレーヤーはにこにこしながら小次郎にかんざしを3本渡した。

 正直、いままでもらったなかで一番いらないアイテムだ。トレードアイテムなんて持っていてもしょうがないし、暴落したかんざしをゼニで買うなんて酔狂なことをするのはヴォイドくらいなので売ることもできない。


 まあそのうち約に立つときが来るだろう。

 小次郎はかんざしを手の中でころころさせながら、のんきに大通りを歩いて行った。





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