第51話 酒と涙と甘納豆
「『8問目』といこうか」
場所は茶屋に戻って、善川室康が忠政に問答を続けている。
「おじい様と塩野谷はどんな関係だ?」
「……」
忠政は再び黙った。ひたいに脂汗が浮いている。
「答えたくないとおっしゃるか。わしはふたりが恋仲だったように見えたが、違うか?」
「……恋仲ではなかった。それは確かじゃ。はっきり言葉にはしなかったからの。わしは未熟で、塩野谷は円熟した男じゃった。わしが一方的にあこがれておっただけじゃ。恋というには少し違った」
善川室康は忠政をじっと見つめた。
「では9問目」
「もうしまいにしてくれ」
「この問いでしまいにしよう。仮にだ。大おじ上か塩野谷かどちらかを選ばねばならないとしたら、おじい様はどちらを選ぶか?」
◇
小次郎が茶屋へ戻ると、奥の間では忠政と善川室康によるどんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。
「おう、おかえり小次郎。菓子は買えたかの?」
真っ赤な顔をした忠政がゲラゲラ笑いながら盃を持ち上げる。
「兄上に酒を飲ませたのか」
「ああ、一度酒を酌み交わしてみたくてな。しかし、少し飲んだだけでああなってしまった」
そう言って善川室康が盃をあおる。
「兄上は酒に弱い。平気で飲んでいるように見えるが少し飲んだだけでひどい二日酔いになる。あまり飲ませない方がいい」
「そうだったか、それは悪いことをした。だが、普通に酔っているようにしか見えないが……」
どさり、と音を立てて忠政が畳に倒れ込み、くうくう寝息を立て始めた。
「これでは菓子は食えないな」
小次郎は手に持った袋を眺めた。
透明な袋に大きく「甘納豆」と書かれている。
「おお、甘納豆か。俺の好物だ。大おじ上もなかなか渋いものを選ぶ」
「まあ、いろいろあってな」
茶菓子屋に行った小次郎であったが、500ゼニで買えるものは何もないと言われてすごすごと帰ろうとしたとき、店員プレーヤーが小次郎の握りしめている3本のかんざしに目をつけた。
なんと、オテンバ・プレミアム・アウトレットではかんざしと商品を交換してくれるキャンペーンをやっているらしい。
実はアウトレットの統括人である
ゼニが修繕テープになり、グリフィンの羽になり、かんざしになり、最後に甘納豆の袋詰めになったと言ったら、善川室康はけらけらと笑って「結局損ではないか」と言った。甘納豆は7500ゼニより安いからだ。
「悪いが、兄上を連れ帰ってもいいか。こうなるともうしばらくは目覚めない」
「ああ、そうしてくれ。もうこうやって対面することはないと思うが、ふたりにお会いできて楽しかった」
小次郎は頷くと、ぐうぐういびきをたてる忠政を背負って茶屋を出た。
翌朝、約束の時間を少し過ぎてからヴォイドがログインした。
「遅いぞヴォイド。ま、いつものことじゃがの」
と笑う忠政も、少し寝坊していたことは内緒だ。
「昨日俺が会談している間、ふたりは何をしていたんだ?」
ヴォイドが尋ねた。
善川室康に会っていたことはヴォイドには内緒だ。もちろん、盗み聞きしたことも。
「街をちょっと散歩してすぐに寝てしまったわい。それより、おぬしはどうだったのじゃ。会談は楽しかったか?」
意外にも、ヴォイドは「ああ」と頷いた。
「あの紫の
小次郎と忠政は顔を見合わせた。
嫌味ったらしく口の回る
「そうだ、小次郎さんと忠政さんに言っておきたいことがある」
ヴォイドはもじもじしながら言った。
「俺、アイドルになるよ」
ふたりは驚かない。が、全く無反応なのも怪しまれるので、忠政が大げさに体をのけぞらせて「おお」と言った。
「ヴォイド、言いにくいんだが」
小次郎が口を開く。
「その、無理をするのはよくないと思うぞ」
あまりはっきり言うのもかわいそうだと思ってぼかしてみたが、ヴォイドは別の意味に受け取ったらしい。
「心配してくれてありがとう小次郎さん。でも俺、もう決めたんだ。4人でアイドルになるって」
「ほかの3人はやる気なのか?」
確か、血飛沫のケンは嫌がっていたはずだ。
「ああ、ケンさんは俺が断ると思っていたらしい。でも俺がやると言ったらケンさんもやるって言ったよ。仲間はずれが嫌だったのかな?」
蚊帳の外にされて嫌がるような性格ではなかったように見えたが、血飛沫のケンも案外繊細なのかもしれない。
「あと、ふたりに謝らなければならないことがある。俺はもうこれ以上、ふたりと旅できないかもしれない」
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