第49話 賢き者の問答

「兄上」


「なんじゃ」


「ヴォイドにアイドルは厳しいと思うぞ」


 小次郎が難しい顔で言うと、忠政も苦々しい表情をした。


「わしもそう思う。正直、ヴォイドは尻込みして断ると思っておった。だから驚いてつい転んでしまったわい」


 音を立てずに奥の間に戻ると、3人分の膳が用意されていた。

 NPCの誰かが気を利かせて用意したのだろう。


 食べないのも申し訳ないので、いそいそと舞の装束を脱ぎ、膳の前に座る。


「ともかく、今日はいいものを見せてもらった」


 善川室康が焼き魚を食べながら言った。


「おじい様たちの仲間、ヴォイドといったか。なかなか面白そうなやつだ。俺もこんな身でなければ同行を願い出ていたかもしれん」


「茶屋で暮らすのは楽しくないのか?」


 小次郎が尋ねると、善川室康は眉を下げて笑った。


「華やかだが監獄のような場所だ」


 善川室康が笑った顔のまま目を伏せる。

 悲しんでいるようにも見えるが、食べかけの焼き魚を眺めているようにも見える。


 もし成仏できると知ったら、善川室康は成仏したがるだろうか。小次郎は彼からそれとなく聞き出したかった。しかし、相手をうまく誘導できるような婉曲さを小次郎は持ち合わせていなかった。


 仕方がないので小次郎は善川室康にそのまま尋ねた。


「善川室康、お前は成仏できるならしたいと思うか?」


 善川室康は少し首をかしげる。


「ずいぶん直球だな。そうだな、この茶屋で暮らすのも悪くはないが、天界には俺を待つ者たちがいる」


 善川室康が遠い目をする。

 その姿は、天界の家族や家臣たちのことを思っているようにも見えた。


「もしやとは思っていたが、例のキャラ消失バグ騒動はおじい様と大おじ上の仕業か?」


「ああ、実はの。おぬしにも早いうちに話そうと思っておったのじゃが」


 忠政が少しまごつきながらわけを話す。

 小次郎と忠政で各地の地蔵を巡り、祈りをささげて成仏させているということ。最終的にはエルピオンの泉に浸かって幼児化し、服を脱ぐことでゲームをサービス終了に追い込もうとしていること。


「なるほど」


 善川室康は少し目を閉じて考えこむ様子を見せた。


「大おじ上とおじい様にいくつかお聞きしたいことがある。よいか」


「ああ」


 小次郎は頷いた。忠政は答えない。


「まず1問目だ。おじい様と大おじ上は霊魂たちを成仏させていると聞いた。しかし、おふたりのことは誰が成仏させるのだ?」


「兄上は俺が成仏させる」


 小次郎がすぐさま答えた。忠政がぎょっとしたように小次郎を見て、何か言いかける。

 忠政を遮るように、善川室康が口を開いた。


「ふむ……。半分は答えていないが、まあいい。では2問目。大おじ上は、おじい様やあのヴォイドという男が好きか」


「好きだ。ふたりと旅することが好きだ」


 忠政が次第に無口になっていく。


「3問目。大おじ上の目的は、この世界ゲームを終わらせることだと言ったな。しかし、そうすればもう3人で旅をすることができなくなる。ゲームがなくなればヴォイドも悲しむだろう。それについてはどうお考えか」


 小次郎は少し黙って考えた。

 答えはもう決まっていた。それをどう伝えるかが問題だった。


「俺は、兄上やヴォイド以上に俺のことが大切だ。俺は自分が好きだから、みんなのことも好きになれると思っている。そして俺はこの体が嫌いだ。男たちからの目線も、俺が俺の体を見る目線も嫌いだ。だから俺は俺のために、世界を終わらせてこの体を捨てたい」


 最後まで静かに聞いていた善川室康が、堰を切ったように笑い出した。

 小次郎は驚いて彼を見る。


「笑ってすまなかった。だが、大おじ上の真剣さは伝わったぞ。おじい様も昔言っていたな、『わしは誰よりも一番わしのことが大事じゃ』と。やはり双子と言うべきか……」


「それ以上言うのであればわしは剣を抜くぞ」


 忠政が右手の畳に置いた剣を左側に持ち替えた。

 冗談めかして言ってはいるが、目が笑っていない。


 善川室康は笑いながら「悪かった悪かった」と言って軽く手を振ると、小次郎の方を向いた。


「大おじ上、少し頼まれてはくれぬか」


「頼み?」


「ああ。オテンバ・プレミアム・アウトレットの場所は知っているな。あそこの西側に、うまい茶菓子が売ってあってな。どうしてもそれを食いたくなった。悪いが買いに行ってほしい。代金は茶屋の者に持たせよう」


 小次郎は頷いて立ち上がった。

 自分を追い出すための口実であることはわかっていた。


「茶菓子だな、承知した」


 小次郎が退室し、奥の間には忠政と善川室康ふたりきりになった。


「まっすぐな男よ」


 善川室康がつぶやく。退席した小次郎のことを言っているのはすぐに分かった。

 忠政は首を振る。


「実直すぎるほどじゃ。無垢な子供と変わらぬ」


「たしかに、あそこまで真面目では天下は取れん」


 本物の天下人が言うと重みが違う。


 小次郎を追い出した理由は忠政にもよくわかっていた。


 忠政は叱られる子供のように善川室康を見上げる。

 善川室康は上座から黒い目で忠政を見据えた。


「それでは、問答の続きといこうか。『4問目』」


 



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