第48話 現代アイドルが売れるための5か条

 忠政の動きが止まった。


「おい、兄上」


 小次郎が忠政の足袋たびをつつきながら見上げると、忠政は口をあんぐり開けてつっ立っていた。


 小次郎がもう一度強めにつつくと、忠政はようやく思い出したように不器用に踊り出す。円卓の方を凝視したまま。


 忠政の目線の先にいるヴォイドもまた、唖然としたように目を見開いていた。


「わ、悪いが俺はアイドル育成ゲームには疎くて……」


 ヴォイドが絞り出すように言った。

 梔子くちなし様は首を振ると、音を立てて立ち上がり、円卓の周りをぐるぐる歩き回り始めた。


 梔子くちなし様の動作を追うようにヴォイドと忠政の首も動く。


「育成ゲームではありません、我々4人で男性アイドルグループを組むのです。もちろんあなたですよ、ヴォイドさん」


「俺が……アイドル⁉」


 血飛沫のケンが苦笑いした。


「最初に聞いたときは俺も同じ反応だったぜ。お前も、なあ、イエパン」


「略すなと言っているだろう脳筋め。僕も最初は驚いたが、今は結構乗り気だよ。目立つことが好きだからね」


 イエロー・パンサーがフランス人モデルのような端麗な顔を見せびらかすように前髪をかきあげた。


「アイドルって、ジャ〇ーズにでも入るのか?」


「わかっていませんねヴォイドさん。何も、現実世界でアイドルになるというわけではありません。我々の立つ舞台はこの『眷属彼女♡オンライン』。実はもう運営からも話が来ているのですよ」


 大手VRMMOソシャゲ内でプレーヤーがアイドルデビューすることは、実は珍しくはない。


 VRMMOアイドルは、活動も、練習も、ほぼすべてがゲーム内で完結する。顔出し・声出しのリスクが少なく、練習もバーチャル空間で行えるため、ご近所迷惑などのトラブルが起こりにくく、レッスン会場を手配する手間もない。


 グッズやCDは現実世界でも展開するが、ライブや握手会などのイベントは基本ゲーム内で行われるので、グループが当たればゲームのユーザーの増加が見込める。

 そのためか、ほとんどのグループはゲーム運営側の手によってプロデュースされる。


 現代では、ソシャゲアイドルは現実リアルアイドルやVCuberブイキューバ―らに並ぶほどの勢いを見せているのだ。


 しかし、既存のVRMMOアイドルグループはほとんどすべてが女性グループだ。ゲームのユーザーの大半が男性であるためだ。女性グループのメンバーの「中の人」が実は男性だったとバレて炎上する事件も少なくない。


「でも、俺らは男だぞ。男がアイドルをやっても誰も見ないんじゃないのか」


「それが運営の作戦なのです。男性ゲームアイドルはまだ誰もやっていない。眷カノのユーザーの8割強は男性です。VRMMOをやらない女性層を取り込むことで、ソシャゲ界で一歩抜きんでようという計画のようです。まあ、典型的なブルーオーシャン戦略ですね」


 ボード、カモン! と梔子くちなし様が手を叩く。

 ボードとは何かと思っていたら、茶屋のNPCがホワイトボードを運んできた。


 梔子くちなし様がきゅぽっと音を立ててペンのふたを外した。


「いいですか、みなさん。男性アイドルにも売れるための条件というものがあります」


 梔子くちなし様がホワイトボードにきゅっきゅと文字を書いていく。


男性アイドルが売れるための5か条

1.容姿がいい

2.トークが上手い

3.曲がいい

4.メンバーの統率感とキャラ立ち


「そして5番目は、なんだと思いますか、ヴォイドさん」


「ええと……歌か、ダンスか、それとも若さか?」


「いいえ。アイドルが売れるために最も重要なもの、それは……お金です!」


 梔子くちなし様はきゅっと「5.お金」を書き足した。


「普通の人がアルバイトをしている間にアイドル活動をする時間、広告費をかけて効率のよい宣伝を行うプロデュース力、いい作家に曲を依頼する費用、これらすべてに必要なものがお金です。そして我々4人にはそれがある。このゲームでカンストするには少なくとも1000万円はかかりますからね」


「仕事じゃなくバイトと言うあたり、紫、お前さてはニートだろ」


 血飛沫のケンの言葉を無視して梔子くちなし様は続ける。


「だからこそ運営は我々カンスト勢に目をつけたのです。我々ならこの5つの条件をだいたい満たしていますし、バーチャルなので容姿や年齢も関係ない。何よりお金を持っている」


「おい、まさか運営は金を一円も出さずに俺らをプロデュースする気か?」


 血飛沫のケンが梔子くちなし様をにらんだ。

 

「まあそういうことになりますね。その代わり、アイドル活動で得た利益は我々の取り分にしていいとのことです。運営はユーザーの増加だけを期待しているので、我々に協力するとしてもボランティア。それを考えれば、悪くない条件だとは思いますけどね」


「聞いていて気になったんだが、なんでそもそも君だけにそういう話が来たんだい? 君は運営についてかなり詳しいようだし」


 イエロー・パンサーが尋ねた。

 

「よくぞ聞いてくださいましたイエロー・パンサーさん。詳しくは言えないのですが、運営の中に僕の現実リアルの知り合いがいまして、今回の依頼もその方の企画なのです。どうですみなさん、アイドル、やってみませんか」


「そもそも紫、なんでお前はアイドルなんてやりたがってんだ?」


 血飛沫のケンが梔子くちなし様に尋ねる。

 梔子くちなし様はぎくりと肩を震わせた。


「そ、それは、私はカンストプレーヤーですしこのゲームを背負っていく者として……」


「てめえさてはアウトレットモールの収益を上げようとかいう魂胆だろ。最近ゼニの暴落事件があったし、よほど経営が危ういにちがいない」


「まあ下心があったっていいじゃあないか」


 イエロー・パンサーが梔子くちなし様の肩を持つように言った。


「初めから言っているが、僕は賛成だよ。僕は現実リアルは個人事業主だから時間にも金にも余裕があるしね」


「俺はやらねえぞ。道場の運営もあるし、なにより性に合わねえ。おい新入り、お前もアイドルなんてちゃらちゃらした事はごめんだよな」


 それまで黙っていたヴォイドは、「あの」と言って3人を見上げた。


「俺、アイドルやろうと思う」


 ぎゃ、と言って忠政が足を絡ませてずっこけた。

 円卓の4人の視線がこちらに集まる。


 まずいとばかりに善川室康が慌てて袖で忠政を隠し、「ほほほ、お見苦しいところを」とごまかすと、「ふたりとも、撤収だ」と小声でささやいて忠政を部屋の外まで引っ張っていった。


 小次郎が廊下に出ると、忠政がかつらをかぶったまま頭をかいた。


「すまんのう、わしとしたことが。へまをしてしまったわい」


「なあ、兄上」


 小次郎が問いかける。


「あいどる、とはなんだ?」


「そうじゃった、おぬしには説明が必要じゃったの」


 そう言って、忠政は手短にアイドルとはなんたるかを説明した。





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