第47話 円卓のソシャゲ廃人たち

 善川室康よしかわむろやす。17世紀に現在の東京である江ノ戸に幕府を構え、最初に将軍となった人物だ。


 忠政が最初に降霊させた4人の霊魂のうちのひとりで、現在はURキャラとしてラックローの茶屋「富士見」の花魁を務めている。


「大おじ上とはまさか俺のことか?」


 小次郎が驚いて尋ねると、善川室康は島田に結った髪のかざりをしゃらしゃらいわせながら頷いた。

 先ほど説明しそこなった忠政が、今度こそとばかりに口を挟む。


「善川氏の血筋のルーツはわしら市川家にある。わしらには子がおらぬから直系ではないが、まあわしらの子孫みたいなものじゃの。それを知ってから、あやつはわしのことを『おじい様』と呼ぶようになった。おぬしはわしの弟じゃから『大おじ上』なんじゃろう。わしは老人ではないし、やめろと何度も言うておるのじゃが……」


「まあまあよいではないか、おじい様。久々にお会いできたのだ。膳を持たせて3人で話でもしようではないか」


 NPCを呼ぼうとする善川室康を忠政は手で制した。


「食事もよいが、わしらはちと急いでおっての。事情を聞いてはくれぬか」


 忠政は善川室康に、仲間がこの茶屋の宴会場で会談をしていること、それを盗み聞きしたいことを伝えた。

 忠政の話が進むにつれて、善川室康の美しい顔がにやりと歪む。


「盗み聞きとは感心しないな」


「やはり難しいか」


「いや、もっと合法的なやり方がある。大おじ上、舞は舞えるか?」


 突然話を振られて、小次郎はうろたえる。


「演舞か? 殺陣たてなら心得はあるが……」


殺陣たてをするには宴会場は狭すぎるな。歌は歌えるか?」


「歌と言われても……今様いまようくらいなら多少は」


 今様いまようは、小次郎が生きていた時代の歌謡である。


「ならそれでよい。大おじ上が今様いまようを唄い、それにあわせて俺とおじい様が適当に舞を舞う。つまり、宴会の余興のふりをするのだ。そうすれば、怪しまれずに宴会場に潜り込めるだろう。小梅よ!」


 善川室康が手を叩いてNPCを呼んだ。


 障子がすっと開いて、先ほどのNPCが木箱をもって入ってくる。

 木箱の中身は、舞の白装束と割れしのぶに結われた女物のかつらだった。


 本当に大丈夫だろうか。不安を抱えた小次郎は、白装束を着てかつらをかぶり、ふたりに続いて宴会場に入った。


 宴会場は広く、和洋折衷わようせっちゅうのつくりになっていた。

 畳の部屋の隣に1段低く洋室が併設されており、シャンデリアの真下に大きな大理石の円卓が置かれている。


 円卓には4人の男性プレーヤーが座っていた。


 紫の髪の梔子くちなし様、燃えるような赤毛を獅子のたてがみのように伸ばした男、黄色い髪のきざな様子の男、そして末席に白髪のヴォイドが小さくなって座っている。


「唄え、小次郎」


 忠政が小声で言った。


 小次郎は畳の端に正座すると、歌詞もあやふやなまま今様いまようを唄い始めた。


 遊びをせんとや生まれけむ

 たはぶれせんとや生まれけむ

 遊ぶ子供の声聞けば

 我が身さへこそゆるがるれ


 善川室康は、花魁とだけあって大変みやびやかに踊る。指先までなめらかで、足取りは軽い。


 一方の忠政はお世辞にも舞が上手いとはいえなかった。手足の運びは適当、そもそも動きが小次郎の唄に合っていない。

 当の忠政は大真面目な様子でぎくしゃく踊っている。


 しかし、4人のゲーム廃人たちにはたいして良し悪しもわからないらしい。


 梔子くちなし様が立ち上がると、両手を叩いてほかの3人の注目を集めた。


「余興も始まったことですし、会談を始めましょう。今回は新メンバーもいらっしゃることですし、まずは自己紹介から。改めまして、梔子くちなしと申します。レベルは999。この街の『オテンバ・プレミアム・アウトレット』の統括人をしております。どうぞお見知りおきを」


 梔子くちなし様が一礼して席に着く。

 赤毛の男が梔子くちなし様をにらんだ。


「おい、紫。新しいやつが来るなんて聞いてねえぞ」


「紫ではなく梔子くちなしです。ケンさんも自己紹介を」


 ふん、と鼻を鳴らすと、赤毛の男が立ちあがった。


「俺は『血飛沫ちしぶきのケン』。Lv.999だ。オカチの街の道場で師範をやっている」


「では次は僕が」


 黄色い髪の男も立ち上がる。


「僕の名は『イエロー・パンサー』。Lv.999さ。どこかの街に定住してるわけじゃないけど、眷属彼女の売買を専門にしているよ。最近は大きな眷属彼女オークションの支配人もした」


「さあ、ヴォイドさんもご挨拶を」


 梔子くちなし様に促され、ヴォイドは座ったまま小さな声で「し、†深淵の背律者ヴォイド†です。感情がないです」と自己紹介した。


 梔子くちなし様が再び手を叩いた。


「まさか我々以外にもカンストプレーヤーがいたとは驚きでしたよ。ヴォイドさん、我々3人はこのゲームを背負っていく者として、時々こうして親睦を深めているのです。ヴォイドさんは普段何をされている方なのですか?」


「ふ、普段? RTAリアルタイムアタックとか、あとYouCubeに眷カノの動画を投稿している」


 「YouCuberだってよ。知っているか?」血飛沫のケンがイエロー・パンサーに尋ねる。イエロー・パンサーは知らないというように肩をすくめた。


「それでは、自己紹介も済んだことですし、本日の議題に参りましょう」


 梔子くちなし様の肩の花飾りがシャンデリアの光を受けてきらめいた。

 小次郎は唄いながら聞き逃すまいと耳をそばだてる。


 げ、と血飛沫のケンが顔をしかめた。


「本当に『あれ』、やるのか?」


「僕はいいと思うよ。むしろ、そういうのやってみたかったんだよね」


 イエロー・パンサーが黄色い前髪をいじりながら言った。


 梔子くちなし様は咳払いをすると、両手を広げ、ひときわ大きな声で言った。


「我々4人でなりましょう、アイドルに!」





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