第46話 ふたりめの花魁

「場所がラックローの街の茶屋『富士見』、日時は……明日の23時⁉」


 ヴォイドは梔子くちなし様にもらった招待状を穴のあくほど凝視した。


「どうしよう、俺茶屋とか行ったことないし、24時には眠くなるし……」


「相変わらず健康的な体質をしておるの。茶屋は心配ない。わしらが入り口までついて行ってやろう。眠くなるなら昼のうちに仮眠をとっておいたらどうじゃ」


 ぐぬぬ、とヴォイドがうめく。


 ヴォイドが招待されたのは、「カンスト勢の会談」といって、このゲームのLv.999プレーヤーが集まる集会らしい。


「俺の知らないところにこんなコミュニティがあったなんて。こんな気分になったのは中学時代のクラスメイトが俺以外の同級生全員で同窓会開いてたとき以来だ」


「ならよかったではないか、呼んでもらえて。Lv.999のプレーヤーに知り合いはおるのかの?」


 忠政が尋ねると、小次郎は「ほとんど知らないな」と答えた。


「そもそもカンストプレーヤーが全部で何人いるのかもわからない。梔子くちなしって人のことは知らなかった。俺が知ってるのは『イエロー・パンサー』というカンストプレーヤーだな。面識はないが、そいつは結構有名かもしれない。Tmitterでよく炎上してるから」


 梔子くちなし様といいそのプレーヤーといい、かなり癖のある人物が多そうだ。


「そうじゃ、それならおぬしにミッションを与えよう。会談でひとりかふたり友達を作ること。これでどうじゃ!」


 ヴォイドの目の前に文字が現れた。「サブミッション 友達を作ろう!」


「ちょっと、何してくれてんのさ!」


「喜べ、これで友達作りのモチベが湧いたじゃろう」


 ヴォイドはため息をついて指で文字をつついた。

 文字がすっとヴォイドの体に吸い込まれるように消える。


「わかった、頑張ってみる」


 翌晩になって、3人はラックローの街の南部にある茶屋「富士見」に向かった。

 似たような茶屋が複数あり、少し迷ってからたどり着く。


「ど、どうしよう、馴染めなかったら……」


「このゲームのカンスト勢なんぞ、どうせみなおぬしと同じ陰キャの子供部屋おじさんばかりに決まっておる。きっと仲良くなれるはずじゃ。早う行け!」


 忠政に促され、ヴォイドが暖簾のれんをくぐる。


 しばらくたってから、「さ、わしらも行くぞ」と忠政が元気よく言った。


「待ってくれ兄上、どこへ行くつもりだ?」


「面白そうな会談にヴォイドだけ参加するのはずるいじゃろう。わしらも盗み聞きするのじゃ。『協力者』に頼み込んでな」


 暖簾のれんをくぐると数秒間のロードが挟まって、気が付くと茶屋の廊下がずっと奥まで伸びていた。

 茶屋のNPCたちに見つからないように猫のように身を潜め、時折廊下に置かれた屏風の裏に隠れながら、ふたりは奥の間の手前までたどり着いた。


「たのもう!」


 忠政がにわかに大声を出した。

 奥の間のふすまがわずかに開き、芸妓げいこ風のNPCが顔を出す。


「どなた?」


花魁おいらんの親戚じゃ。通してくれ」


 NPCは黒く塗られた眉をひそめて「少しお待ちを」と中へ引っ込み、しばらくしてからまたふすまが開く。


「どうぞ、中へ」


 通された部屋は、ふすまの豪華さと対照的に質素なつくりで、2方向を障子で仕切られている。片方が花魁の間、もう片方が外廊下だろう。


 花魁の間の方を向いて、小次郎と忠政は畳に正座した。

 障子がすうっと音を立てて左右に開く。


 紫陽花色の十二単じゅうにひとえを着た、美しい姫君が座っていた。

 マウンドアの街で会った花魁、りん鈴懸すずかけが宮女的な美しさであるならば、今目の前にいる花魁は、辛酸を舐めてきた武家の姫君のような風貌だ。


「よくぞお越しくださった」


 花のような高い声とは対照的に、花魁は男口調で言った。


「この人は?」


 小次郎が尋ねると、忠政が答える前に花魁が答えた。


「我が名は善川室康よしかわむろやす。かつて江ノ戸の将軍だった者だ、大おじ上」





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