第32話 やはり露出度が命

 忠政の雇ったアルバイトたちに報酬を支払って解散させ、個人商店を閉じる。

 集まったかんざしは、忠政の分も合わせると合計11万5千本となった。


「回収できなかった分は20万本弱かの」


 忠政がキセルをポシェットにしまいながら言った。


「ああ。でも、俺たちがかんざしを集めまくったことが牽制として効いたみたいだ。すでに『かんざし本位制』はもとに戻っている。物価はまだおかしいままだけど……。残りのかんざしの回収はまた後程考えることにして、とりあえずヴォイド商店の閉鎖の案内をするか」


 疲れた顔で端末を開いたヴォイドの目が見開かれ、「うえ⁉」と変な声が漏れる。


「どうした?」


「み、み、見てくれ」


 ヴォイドがTmitterの画面をふたりに見せる。

 小次郎にはよくわからない。


「眷カノがTmitterでトレンドになっている」


「どういうことじゃ。このゲームのアクティブユーザー数は12万人程度。VRMMOソシャゲの中では中堅くらいじゃ。それがトレンドに入るとは到底思えん」


「検索してサジェストワードを見てみよう」


 ヴォイドが検索窓に「眷カノ」と入力すると、「眷カノ 下高井戸」「眷カノ 炎上」「眷カノ 引退」とサジェストされる。「ああ」とヴォイドは苦い顔をした。


「下高井戸が動画を出したんだろう。たまたま他にバズワードがなかったから、トレンドに上がったんだと思う」


「その下高井戸とやらは誰なんじゃ?」


「見てくれた方が早いと思う。本当は1視聴回数もつけたくないんだけど……」


 ヴォイドがYouCubeを開いた。検索をかけるまでもなく、おすすめのトップに下高井戸の動画が表示される。普段から「眷カノ」と調べているからだろう。


 動画を開くと、ゲームのチュートリアル動画を背景に、下高井戸の声がする。言葉の間にはさまる「えー」や、語尾の「ですけれども」がぶつ切りでカット編集されており、早口だが非常に聞き取りやすい。


 下高井戸の動画では初めにゲームの概要が述べられ、次に眷カノのバグまとめや過去の炎上事件に触れ、Tmitterの反応もまとめられている。


 小次郎の所感では、ゲームのことを知らない人でも知識を得られるようなわかりやすい動画だと思う。


 しかし、ヴォイドは苦虫をかみつぶしたような表情を崩さなかった。


「下高井戸の動画はたしかにわかりやすい。『わかった気になれる』と言った方がいいかもしれない。ゲームの悪いところばかり取り上げるから、視聴者はゲームを魅力的に感じない。そもそも、この人は眷カノをプレイしていない。だから、いつも愛のない動画ばかり出来上がる」


 言われてみればそうかもしれない。小次郎が画面を眺めていると、ぱっと映像が切り替わり、とあるYouCubeチャンネルが表示された。


「俺のチャンネル⁉」


 ヴォイドが目をむいて叫んだ。


 動画の中で下高井戸が語る。


 では、次に今回の炎上騒動と、このゲームの特殊な「かんざし本位制」について見ていきましょう。詳しくはこちらの動画にまとめられていたので、内容を解説していきます。


 メンテナンス中にヴォイドが撮った動画の内容が、ほぼそのまま下高井戸の口から語られる。

 ヴォイドの経歴や眷カノの長所といった部分だけすっぱりカットされ、メンテナンスの原因の噂や「かんざし本位制」について図つきで解説される。図も誰かがTmitterにあげていた画像の引用だ。


「こんなの……こんなの俺の動画のパクりじゃないか!」


「落ち着けヴォイドよ。悔しいのはわかるが、こやつの動画は『引用』の域をぎりぎり出ておらぬ。それより、おぬしの動画はどうなっておる? 下高井戸の動画から人が流入しているのではないか?」


 ヴォイドがはっとして、下高井戸の動画を止め、自身のチャンネルに移行する。


 メンテナンスの原因まとめ動画が3000回再生を超えていた。ほかの動画も800回再生前後と急激に伸びている。


「う……そだろ」


「ふむ。気分はよくないが、下高井戸効果じゃの」


 コメント欄には、「下高井戸動画デビューおめでとw」「こっちの動画の方が詳しい」「声が聞き取りづらい。下高井戸見てた方がまし」といったコメントが寄せられている。


 絶叫ガチャ動画やドッキリ動画にも下高井戸に関するコメントはついていたが、こちらは様相がやや異なっていた。

 「この猫のキャラ、あのクソ広告に出てる子じゃね? えっちすぎて二度見したわ」「広告で見たやつだ。広告うざい」「下高井戸の動画から来ました。再生してみたら、例の広告の猫ちゃんが出てきてびっくりしました。実物はかわいいですね」


「なるほど、わし効果・・・・も多少はあるらしいの」


 忠政が画面をのぞき込む。


 ヴォイドは唇を噛みしめた。


「こうしちゃいられない。忠政さん、すぐに動画を撮るぞ。下高井戸効果でもなんでもいい。再生回数を稼げるチャンスだ」






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