第33話 お地蔵様からにゅるり
ヴォイドがハダカデバネズミの着ぐるみをかぶり、トリネシア信用金庫の前で動画を撮り始めた。
ヴォイドが喋り、忠政が合いの手を入れる形だ。
必然的に小次郎は暇になり、人目につかないよう裏路地を散歩していると、いつのまにか地蔵の小道の前にいた。
疎外感があったわけではない。3人の中でひとりになってしまうことは珍しくないが、小次郎は自立した大人であり、慣れているということもあって、気にもならなかった。
ただそのときは、なんとなく人の声が聞きたかった。
低くかがんで小道を抜け、地蔵の前に出ると、しゃがみ込んで手を合わせる。
いつものように心から死者の冥福を祈ろうとしたが、一晩中働いて疲れ切った頭ではとても祈りの言葉をひねり出すことができなかった。そこで、初めてマヒロと会った時のことを思い出した。
「なんまいだぶ」
そう言って小次郎は地蔵に手を合わせた。
いつものように、見知らぬ人々の感謝の言葉が聞こえるものだと思っていた。
しかし、その日は少し違った。
「何者だ」
頭上で声がする。
目を開けると、半透明の武士がひとり、小次郎に刀を向けて立っていた。
小次郎はその顔に見覚えがあった。
「まさか……竹富清次か?」
「ぬっ、なぜわしの名を?」
竹富清次といえば、小次郎と忠政の幼少期の世話係の武士で、ふたりがいたずらをしたときにその責を受けて切腹させられた人物である。
「刀をしまえ、清次よ。俺だ。小次郎だ」
小次郎が上着を脱ぎ、アホロートルの頭巾を外して顔を見せる。
小次郎の猫耳を見て、竹富清次はぎょっと目を見開いた。
「ね、猫又かっ」
どこかで聞いたようなやりとりだ。小次郎は苦笑いしながら首を振る。
「猫又ではない。小次郎だと言っているだろう。市川唐丸忠政の双子の弟だ。俺と兄上がいたずらをして怨霊騒ぎを起こし、そのせいでお前は腹を切らされた。違うか?」
「な……本当に小次郎様なのか……なのですか」
「ああ」
小次郎が答えると、竹富清次は刀を納め、地蔵の上に座って頭を下げた。
「大変ご無礼を」
「かまわない。顔を上げろ」
「しかし、なぜそのようなお姿に。まるで
竹富清次に問われるが、小次郎もうまく説明ができない。
答えられる範囲で小次郎は答えた。
かつて兄と対峙し、殺し合いをしたこと。ここが未来の世界であること。忠政とともに霊魂となり、
「はあ。ということは、私もおふたりと同じ霊魂になってしまったのでしょうか」
「おそらくそうだろう。なぜ地蔵の中にいたのかはわからないが」
「とはいえ、私が死んだ後にもいろいろあったのですな。小次郎様、立派になられましたなあ……」
そう言って、竹富清次がちらりと小次郎の胸元を見る。
小次郎は長槍を引き抜いた。
「今度
「も、申し訳ございませぬ。ですが……その、男としてはお姿にどうしても目が行ってしまいまする。どうか隠してくだされ」
ああ、すまない。と言って、小次郎は上着を羽織った。
豊満な胸が隠され、竹富清次はほっとしたように小次郎の顔を見る。
「唐丸様はどちらにいらっしゃるのです」
「兄上か? 今は忠政という名だ。この小道の先のしんようきんこ? の前にいるはずだ」
「なるほど。一度お会いしたいものですが」
よっと声を出して、竹富清次は地蔵の上から飛び降りた。
「地蔵から離れても大丈夫なようですね。小次郎様?」
小次郎の疲弊した頭をするどい痛みが襲った。すでに全身が悲鳴を上げていた。
小次郎は後ろによろめくと、どさりと地面に倒れ込んだ。
◇
小次郎。
兄の声が呼んでいる。
遠くで響いていた声が、少しずつ大きくなった。
「小次郎! 早う目覚めぬか!」
肩をゆすられて小次郎は目を開いた。強烈なデジャヴとともに、締め付けるような痛みが頭を鳴らした。
目を開けると、猫耳の忠政と、半透明の竹富清次がこちらを見下ろしていた。
「ここは……」
「トリネシアの宿じゃ。おぬしは疲れて倒れてしまったのじゃぞ。さあ、ポーションを飲め」
忠政に手渡された「回復のポーション大」を飲むと、頭がすっきりして痛みが取れる。体のしくみが単純で助かった。
体を起こして周囲を見回すと、6畳ほどの部屋に置かれた寝具に寝かされていたのがわかった。
「どうやって俺はここに?」
「圧巻じゃったぞ。おぬしが猫耳丸出しのものすごい形相で『唐丸様ぁ! どこでござりますか!』と叫びながら走り回っていたのは」
竹富清次が気まずそうな顔をする。
「私が小次郎様の体に憑依したのです。とにかく唐丸様……忠政様を探さねば、小次郎様が死んでしまわれるのではと必死で」
「ま、こやつは疲れて寝ていただけというオチじゃったがの」
忠政がかっかと笑い声をあげた。
「そういえば、ヴォイドはどこへ?」
「あやつはログアウトさせた。清次の霊を見せるわけにはいかんからの。『このチャンスに動画を編集しないでいいのか?』と焚きつけたらすぐにログアウトしたわい」
だんだん話が見えてきた。
つまり、疲労で倒れた小次郎に竹富清次の霊が憑依して忠政のもとへ行き、宿まで運んでくれたということだ。
だがなぜ、突然竹富清次の霊が現れたのだろうか。
忠政はこの異常事態にも驚いている様子はない。
「兄上」
小次郎が忠政をにらむ。
「説明してもらおうか。隠していたことをすべて」
「ま、しょうがない。いずれは気づかれることじゃったからの」
肩をすくめると、忠政は話し始めた。
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