第34話 秘密の告白

 ゲームプロデューサーたちによる極秘の降霊術の流行を、忠政は苦い思いで眺めていた。

 降霊術の存在は、末端のディレクターたちやプレーヤーには知らされていない。


 降ろされた霊魂たちは、単にゲームのキャラに華を添えるためだけに消費される。


 ところが、霊魂が暴走する例が絶えず、しまいには、降霊術をしたのに降ろした霊は使われず、ゲームの中に閉じ込められるという本末転倒な状況に陥ってしまった。


「霊魂を利用したVRMMOでは、それが暴走しないよう、閉じ込めておくための『場所』が用意される場合が多い。このゲームでは各街の地蔵じゃな」


 忠政は言った。

 ほとんどの霊魂は、狭苦しい地蔵に閉じ込められながら、意識の一部を美女の「キャラクター」と共有され、消費され続け、苦しい思いをする。


「たしかに、あそこは狭くて苦しかった」


 竹富清次が頷いた。


「ですが、私は女子おなごになった覚えはありませぬ」


「おぬしはまだキャラクター化されていなかったからじゃ。竹富清次のキャラクターが追加されるのは、次回の『三毛国アップデート2』での予定だったからの」


 最初の霊魂4人を連れてきたのは忠政だ。彼は責任を感じていた。数多の死人しびとたちが霊魂として消費される今の状況は、もとはといえば自分のせいであると。


 そこで、忠政はこのゲームを利用して霊魂たちを成仏させようとしていたのだ。

 成仏させる方法はただひとつ。「清い心を持った人間の、心からの祈り」によってのみ、霊魂たちは解放され、成仏できる。清い心を持った人間。小次郎のことだ。


 各地の地蔵を回り、小次郎に祈らせることによって、100名以上の霊魂が成仏した。

 それに合わせて霊魂と紐づいていたキャラクターも消滅し、例のバグ騒動が起こったというわけだ。


「だが、なぜ私は成仏しなかったのでしょう」


 竹富清次が首をかしげる。


「ま、考えられることはふたつじゃの。ひとつめは、清次が小次郎と深く関係する人物だったからじゃ。ふたつめは、小次郎よ。おぬし、トリネシアの地蔵で祈ったとき、ちゃんと祈らなかったじゃろ」


 小次郎は頷いた。

 

「ああ、頭がぼーっとしていて、うまく祈れなかった。代わりに『なんまいだぶ』と言ったんだが」


「表面的な言葉だけでは霊魂は成仏できぬ。『なんまいだぶ』は浄土教の『南無阿弥陀仏』という言葉がくだけたものじゃ。仏への信心を表す言葉じゃの。わしも詳しくは知らぬが、浄土教では『南無阿弥陀仏』と唱えるだけで・・・・・・信心を表したことになる」


 なるほど、と言って、竹富清次が手を叩いた。


「私の父は熱心な浄土教の信者でした。私も幼少期からその教えを継いでいました」


 つまり、あの地蔵の中で唯一浄土教信者だった竹富清次にだけ、小次郎の「なんまいだぶ」という言葉が影響したのである。ただし、中途半端な祈りだったために、竹富清次はその場では成仏できなかったということだ。


「小次郎よ、おぬしをわしの目的のために利用したのは悪かったと思っておる」


 忠政が頭を下げた。

 小次郎は頭をひねった。なぜ、忠政は自分に素直に頼み込まなかったのだろう。降ろされている霊魂たちが困っているというならば、それを助けたいという気持ちは小次郎にもあった。忠政が普通に頼んでいれば、小次郎も協力したはずだ。


「おぬしの考えておることはわかるぞ。たしかに、おぬしにわしの胸の内を明かし、協力を要請してもよかった。しかし、霊魂の中には成仏したくないと考える者もいるのじゃ」


 小次郎はかつて地蔵に祈ったときのことを思い出した。

 ほとんどの地蔵は、小次郎に感謝していた。しかし、一部だけいたのだ。やめろと抵抗する声、成仏することを悲しむような声が。


「もともと悪霊だった者や、現世に未練がある者は成仏することを嫌がる傾向にある。おぬしであれば、その意を汲んでしまうと考えたのじゃ。わしの目的は、なるべく多くの霊魂を成仏させて安らかに眠ってもらうこと。おぬしが成仏させる霊とさせない霊を選択し始めると、わしにとってちと都合が悪い。現世を漂う悪霊となれば、さらに苦しませることになるからの」


 忠政が後ろめたそうに眉をゆがめた。

 ヴォイドが飛行バグを使ってエルピオンの泉に行こうと言ったとき、忠政が高所恐怖症のふりをして断ったのは、一足飛びにエルピオンの泉に行って途中の地蔵を経由することができないのが不都合だったからだろう。


 小次郎は嘘が嫌いだ。小細工も、言い訳も嫌いだ。

 忠政にもそれはわかっているはずだった。


「小次郎よ、おぬしにはこれ以上わしに協力せよとは言わぬ。ほかの清い心をもった協力者を探すしかないの。ま、見つかるかはわからんが」


「待て、協力しないとは言っていない」


 小次郎が口を挟むと、忠政が驚いたように小次郎の顔を見つめた。


「わしはおぬしを騙したのじゃぞ」


「騙されたとは思っていない。兄上に事情があるのもよくわかった」


「しかし、事実を知ってしまった以上、おぬしがまざりけのない気持ちで祈れるとは思えん」


 小次郎は強く首を振った。


「いや、できる」


「じゃが……」


「俺はたしかに嘘が嫌いだ。だが、それ以上に兄上やヴォイドと旅するのが好きだ。俺はあまり覚えていないが、凛の鈴懸によれば、天界はいい場所なんだろう。だからどんな霊魂に対しても心から冥福を祈れる自信がある」


 忠政が小次郎の目を見た。小次郎もまっすぐ見つめ返す。

 しばらくして、忠政がため息をついた。


「おぬしの考えはよくわかった。礼を言うぞ小次郎。さすがはわしの弟じゃ。これからも協力してくれるかの」


「ああ。兄上も俺に協力してくれているしな。お互い様だ」


 丸く収まりましたね。竹富清次がにこにこする。

 そうじゃ、と言って、忠政が竹富清次を見た。


「おぬしはどうする。成仏したいかの? それともキャラクターになるまで待って、わしらとともに旅をするか?」


「私は……成仏したいですね。成長されたおふたりの姿を見たい気もありますが、やはり死んだ身。安らかに眠りたい」


「そうと決まれば、地蔵のもとに戻るぞ。霊の姿を一般のプレーヤーに見られるのはまずいから、もう一度小次郎に憑依することになるが、よいかの」


 もちろんだ。と言って小次郎は頷いた。

 竹富清次が浮かび上がり、小次郎の上を漂う。


「失礼」


 竹富清次がふっと小次郎の体に入り込んだ。

 小次郎は意識を失って、枕に倒れ込む。


 数秒間。沈黙が続き、小次郎が目を開ける。


「小次郎は眠ったかの?」


 忠政が尋ねると、小次郎の体に憑依した竹富清次が頷いた。


「こちらの声は聞こえていないはずです」


「そうか。じゃ、地蔵に戻るぞい」


「忠政様」


 ドアに手をかけた忠政の後頭部を、小次郎の姿になった竹富清次が見つめる。


「いつまで小次郎様を騙すおつもりですか」


「……はて、なんのことじゃ」


「先ほどのしおらしい様子も演技でしょう。あなたは欲張りだ。あなたが霊魂を成仏させたのは、霊魂のためを思ってではなく、自分の肩の責を下ろしたいから。つまり私利私欲だ。それにまだ、小次郎様には言っていないことがあるはずです」


 忠政は振り返って微笑する。


「たしかに、欲ではないと言われれば嘘になるの。わしは小次郎のことが大事じゃ。それ以上に、我が身が大事じゃ。わしのような徳のない人間は成仏できぬ。だから、死人しびとたちのためになることをして徳を積み、成仏を願う。おぬしの親父が『南無阿弥陀仏』と唱えるのと同じ行為じゃろうに」


「……おっしゃる通りです。私は逆らいません。参りましょう」


 小次郎の姿をした竹富清次が立ち上がり、部屋を出る。

 忠政がぽつりとつぶやいた。


「竹富清次よ、幼い頃、わしはおぬしが嫌いじゃった。わしより小次郎ばかり贔屓ひいきにしておったからの。ほんの出来心じゃった。まさか切腹させられるとは思っておらなんだ。おぬしのことを父上に告げ口したこと、悪かったと思っておる」





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