第35話 お魚パーティーじゃ!
はっと小次郎が目を覚ますと、そこはもう地蔵の前だった。
隣には忠政、目の前には竹富清次の霊が漂っている。
「着いたのか」
「ああ。清次とはお別れじゃ。話したいことがあれば今のうちに言っておけ」
すまなかった。そう言おうとした。竹富清次が死んだのは小次郎のせいだ。少なくとも、彼はそう思っていた。
しかし、こちらを見つめる竹富清次の姿を見たとき、小次郎の口から出たのは「ありがとう」という言葉だった。
竹富清次が微笑んだ。
「こちらこそ、小次郎様」
「あ、ああ。お前の冥福を祈っている」
小次郎が地蔵に向かって手を合わせた。
心から、祈りをささげる。竹富清次よ、そして
竹富清次の体が光の粒になり、天へ昇っていく。
小次郎の心の中に、声が反響した。
ありがとうございます。
かたじけない。やっと苦しみから解放される。
い、いやだ、わしはまだここに……。
目を開けると、白髭の老人の霊が抗うように地面をひっかいていた。
「安らかに眠れ。お前はもう苦しまなくていい」
老人の霊は目を大きく開けて、小次郎を見つめる。
よいのか、わしは罪人だ。このわしが成仏できるというのか。
「ああ。お前はもう自由だ。何も心配しなくていい。眠れ。眠れ。眠れ」
老人の霊の目からつつと涙が流れ、体が光となって地面へ溶け込むように消えていく。
複数の地蔵からはもう神聖さを感じない。ただの石になった。すべての霊魂が成仏したのだ。
「終わったぞ」
小次郎が顔を上げると、忠政はまだ目を閉じたまま地蔵に手を合わせていた。
◇
トリネシアの街へ戻ると、ヴォイドがトリネシア信用金庫の前に立っていた。
「ふたりとも! 探したぞ、どこにいたんだ」
「ちょっと地蔵参りにの。おぬし、動画編集は終わったのか」
「ああ」
ヴォイドが頷いた。
「少しカットして、要所に字幕をいれたくらいで精いっぱいだった。今まであまり編集してこなかったが、結構大変なんだな。ともかく、動画はアップできたよ。それより、小次郎さん、大丈夫か? さっき血相変えて走り回っていたけど」
小次郎と忠政は顔を見合わせて苦笑いする。
「ああ。先ほどは少し動揺していてな」
「それもプログラムのバグなんだろ。大変だな、ゲームのキャラってのは」
小次郎が眉をひそめてヴォイドを見る。
「それ
ヴォイドは小次郎の顔を見て慌てたように弁解した。
「悪い、いくらキャラクターとはいえ、感情がないみたいに扱われたら嫌だよな。でも、あんたたちはバグの塊みたいなもんだろ。話し方もほかのキャラと違うし、小次郎さんに関してはゲームのことを何も知らないしさ」
小次郎は少し黙ってヴォイドの顔を見ると、低い声で尋ねた。
「ヴォイド、俺と兄上に、ゲームのキャラクターに人格は、心はあると思うか?」
「あるわけないだろ、ゲームのキャラなんだし。プログラムされた心っぽいものは本物の心だとはいえない。でも、あんたたちと話していると、たまに忘れそうになる。ふたりが中身のないキャラクターだってことを」
ひどくうろたえた様子で口をつぐんだ小次郎の代わりに、忠政が慌てて言った。
「こら、ヴォイドよ。キャラクターにだって『悲しみ』という感情は搭載されておる。そんなことを言ったら小次郎がかわいそうじゃろう」
「ああたしかに。それもそうだよな。ごめんよ小次郎さん、俺はふたりのことちゃんと仲間だと思ってるから」
ヴォイドの声色に嘘はなかった。
しかし、小次郎は動揺を隠せなかった。
ゲームのキャラクターには本来心がない。そのことが、頭にこびりついて離れなかった。
3人はトリネシアの街を出て街道を渡り、次の「マヌジュの街」へ入った。
マヌジュの街は、街道の中でも随一の漁港を誇っている。魚市場は賑わい、眷カノの中では珍しく飲食店の多い街だ。
力の入れどころがおかしいというのはクソゲー運営あるあるだが、眷カノでもマヌジュの食べ物の描写にはなぜか力が入っており、うまそうな匂いが大通り沿いにただよってくる。
「いわゆる『フードタウン』だな。VRMMOだと食べ物の再現も大事になってくるから、触感や匂いがリアルなものが多い。小次郎さん、何か食べたいものはあるか?」
ヴォイドが小次郎の機嫌を取るように言った。
小次郎は周囲の店を見回した。
「海の幸か。悪くない」
「そうじゃろう。海鮮丼なんてどうじゃ。それとも天ぷらがいいかの。金はヴォイドが支払うから、おぬしの好きなものを選ぶのじゃ」
ひとつひとつの店ののぼりを見比べていた小次郎は、とある看板を目にした。
「あれはなんだ」
米の上に魚の切り身が乗った、見たことのない料理の写真が載っている。
「あれは寿司というものじゃ。わしらの時代にはああいうタイプの寿司はなかったからの。入ってみるか?」
「ああ」
3人は店の
店内はプレーヤーたちで賑わっている。カウンターの席に通されて、小次郎は壁にかかった品書きを眺めた。古い字体で書かれており、小次郎にも結構読める。
「わしも寿司は初めてじゃ。特に回らない寿司はの」
忠政がわくわくした様子で言った。
ヴォイドが首をかしげる。
「回る寿司ってなんだ。寿司が回るのか?」
「金持ちアピールはやめるのじゃ。小次郎、何が食いたい?」
目の前の品書きに「かっぱ巻」と書いてある。まさか化け物の河童が出てくるのか?
小次郎は身震いして、「鯛にしよう」と言った。鯛といえば、小次郎の好物だ。
へいお待ち。大将が鯛の寿司を握って小次郎の前に置いた。
白くて美しい。うまそうだ。ジャンキーなポーションばかり飲んでいた小次郎の腹がぐるぐる音を立てる。
一口で寿司を食べた小次郎は急激な違和感にむせ込んだ。
「辛い、なんだこれは、毒か?」
「おお、それはわさびじゃ。大人の味じゃよ。おぬしにはまだ早かったかの」
小次郎はむっとして寿司をかみしめた。鼻に抜けるような刺激で涙が出てくる。
「う、うまかったぞ。いいわさびだった。もうひとつ食いたい」
「嬢ちゃん、わさび苦手だったのか。今度はわさび抜きを握ろうか」
大将が笑って言った。
小次郎は水を飲んで、小さな声で言った。
「ああ、なしでたのむ」
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