第35話 お魚パーティーじゃ!

 はっと小次郎が目を覚ますと、そこはもう地蔵の前だった。

 隣には忠政、目の前には竹富清次の霊が漂っている。


「着いたのか」


「ああ。清次とはお別れじゃ。話したいことがあれば今のうちに言っておけ」


 すまなかった。そう言おうとした。竹富清次が死んだのは小次郎のせいだ。少なくとも、彼はそう思っていた。

 しかし、こちらを見つめる竹富清次の姿を見たとき、小次郎の口から出たのは「ありがとう」という言葉だった。


 竹富清次が微笑んだ。


「こちらこそ、小次郎様」


「あ、ああ。お前の冥福を祈っている」


 小次郎が地蔵に向かって手を合わせた。

 心から、祈りをささげる。竹富清次よ、そして死人しびとたちよ。成仏して眠れ。


 竹富清次の体が光の粒になり、天へ昇っていく。


 小次郎の心の中に、声が反響した。


 ありがとうございます。

 かたじけない。やっと苦しみから解放される。

 い、いやだ、わしはまだここに……。


 目を開けると、白髭の老人の霊が抗うように地面をひっかいていた。


「安らかに眠れ。お前はもう苦しまなくていい」


 老人の霊は目を大きく開けて、小次郎を見つめる。


 よいのか、わしは罪人だ。このわしが成仏できるというのか。


「ああ。お前はもう自由だ。何も心配しなくていい。眠れ。眠れ。眠れ」


 老人の霊の目からつつと涙が流れ、体が光となって地面へ溶け込むように消えていく。


 複数の地蔵からはもう神聖さを感じない。ただの石になった。すべての霊魂が成仏したのだ。


「終わったぞ」


 小次郎が顔を上げると、忠政はまだ目を閉じたまま地蔵に手を合わせていた。





 トリネシアの街へ戻ると、ヴォイドがトリネシア信用金庫の前に立っていた。


「ふたりとも! 探したぞ、どこにいたんだ」


「ちょっと地蔵参りにの。おぬし、動画編集は終わったのか」


「ああ」


 ヴォイドが頷いた。


「少しカットして、要所に字幕をいれたくらいで精いっぱいだった。今まであまり編集してこなかったが、結構大変なんだな。ともかく、動画はアップできたよ。それより、小次郎さん、大丈夫か? さっき血相変えて走り回っていたけど」


 小次郎と忠政は顔を見合わせて苦笑いする。


「ああ。先ほどは少し動揺していてな」


「それもプログラムのバグなんだろ。大変だな、ゲームのキャラってのは」


 小次郎が眉をひそめてヴォイドを見る。


「それとはどういうことだ」


 ヴォイドは小次郎の顔を見て慌てたように弁解した。


「悪い、いくらキャラクターとはいえ、感情がないみたいに扱われたら嫌だよな。でも、あんたたちはバグの塊みたいなもんだろ。話し方もほかのキャラと違うし、小次郎さんに関してはゲームのことを何も知らないしさ」


 小次郎は少し黙ってヴォイドの顔を見ると、低い声で尋ねた。


「ヴォイド、俺と兄上に、ゲームのキャラクターに人格は、心はあると思うか?」


「あるわけないだろ、ゲームのキャラなんだし。プログラムされた心っぽいものは本物の心だとはいえない。でも、あんたたちと話していると、たまに忘れそうになる。ふたりが中身のないキャラクターだってことを」


 ひどくうろたえた様子で口をつぐんだ小次郎の代わりに、忠政が慌てて言った。


「こら、ヴォイドよ。キャラクターにだって『悲しみ』という感情は搭載されておる。そんなことを言ったら小次郎がかわいそうじゃろう」


「ああたしかに。それもそうだよな。ごめんよ小次郎さん、俺はふたりのことちゃんと仲間だと思ってるから」


 ヴォイドの声色に嘘はなかった。

 しかし、小次郎は動揺を隠せなかった。


 ゲームのキャラクターには本来心がない。そのことが、頭にこびりついて離れなかった。


 3人はトリネシアの街を出て街道を渡り、次の「マヌジュの街」へ入った。


 マヌジュの街は、街道の中でも随一の漁港を誇っている。魚市場は賑わい、眷カノの中では珍しく飲食店の多い街だ。

 力の入れどころがおかしいというのはクソゲー運営あるあるだが、眷カノでもマヌジュの食べ物の描写にはなぜか力が入っており、うまそうな匂いが大通り沿いにただよってくる。


「いわゆる『フードタウン』だな。VRMMOだと食べ物の再現も大事になってくるから、触感や匂いがリアルなものが多い。小次郎さん、何か食べたいものはあるか?」


 ヴォイドが小次郎の機嫌を取るように言った。

 小次郎は周囲の店を見回した。


「海の幸か。悪くない」


「そうじゃろう。海鮮丼なんてどうじゃ。それとも天ぷらがいいかの。金はヴォイドが支払うから、おぬしの好きなものを選ぶのじゃ」


 ひとつひとつの店ののぼりを見比べていた小次郎は、とある看板を目にした。


「あれはなんだ」


 米の上に魚の切り身が乗った、見たことのない料理の写真が載っている。


「あれは寿司というものじゃ。わしらの時代にはああいうタイプの寿司はなかったからの。入ってみるか?」


「ああ」


 3人は店の暖簾のれんをくぐった。

 店内はプレーヤーたちで賑わっている。カウンターの席に通されて、小次郎は壁にかかった品書きを眺めた。古い字体で書かれており、小次郎にも結構読める。


「わしも寿司は初めてじゃ。特に回らない寿司はの」


 忠政がわくわくした様子で言った。

 ヴォイドが首をかしげる。


「回る寿司ってなんだ。寿司が回るのか?」


「金持ちアピールはやめるのじゃ。小次郎、何が食いたい?」


 目の前の品書きに「かっぱ巻」と書いてある。まさか化け物の河童が出てくるのか?

 小次郎は身震いして、「鯛にしよう」と言った。鯛といえば、小次郎の好物だ。


 へいお待ち。大将が鯛の寿司を握って小次郎の前に置いた。

 白くて美しい。うまそうだ。ジャンキーなポーションばかり飲んでいた小次郎の腹がぐるぐる音を立てる。


 一口で寿司を食べた小次郎は急激な違和感にむせ込んだ。


「辛い、なんだこれは、毒か?」


「おお、それはわさびじゃ。大人の味じゃよ。おぬしにはまだ早かったかの」


 小次郎はむっとして寿司をかみしめた。鼻に抜けるような刺激で涙が出てくる。


「う、うまかったぞ。いいわさびだった。もうひとつ食いたい」


「嬢ちゃん、わさび苦手だったのか。今度はわさび抜きを握ろうか」


 大将が笑って言った。

 小次郎は水を飲んで、小さな声で言った。


「ああ、なしでたのむ」





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