第36話 クソゲーにだってダンジョンはあります!

 マヌジュの街を出て次の「パラディアの街」を抜け、一行は街道に出た。


 現れるモンスターは比較的体の大きいものが目立つようになり、それに伴ってか体力も多い。小次郎と忠政がなるべく消耗しないように、戦闘時はヴォイドが率先して敵を倒していた。


「とはいえ、さすがにふたりのレベルでこのまま進むのはきつくなってきたな」


 3人は街道の端に腰を下ろした。

 現在ふたりのレベルは、小次郎が77、忠政が65。オディンバラ城で中ボスにとどめを刺した小次郎の方が若干高い。


 しかし、6つ先の「プンスコ城」に待ち構えるボスに挑む際の推奨レベルは120。いくらヴォイドがいるとはいえ、不安の残る数値だ。


「この辺でふたりのレベル上げをしたいな」


 ヴォイドが立ち上がった。

 小次郎がヴォイドを見上げる。


「かなり時間がかかるぞ」


「ああ。だが、いい案がある」


 さらに街道を進むと、思いがけず目前に巨大な山岳が現れた。視界表示範囲に山が入ったため、不意打ちで現れたように見えたのだろう。


 山まではかなりの距離があり、歩いていくには数日かかりそうだ。


「富士ヶ岳か」


 小次郎は白く輝く山頂を眺めた。


「ああ。このゲームでは『フェニックス・マウンテン』という名だが、プレーヤーはみんな富士ヶ岳と呼んでいる。モデルも富士ヶ岳だしな」


 ヴォイドの計画は以下のようなものだった。

 

 富士ヶ岳の内部には、経験値を多く得られるダンジョンが存在する。もとは各地に存在していたダンジョンだったが、管理が面倒になったのか、運営が富士ヶ岳ダンジョンに一本化してしまった。


 そのため、富士ヶ岳の山麓にあるラックローの街は、最初の街ミヤビタウンの次に人口が多い。


 そこで、ヴォイドがラックローの街でかんざしを集めている間に、小次郎と忠政がダンジョンに潜り、ある程度レベル上げしようという作戦だ。


「人が多いほどかんざしも集まりやすいからな。この策でいきたい」


「その、だんじょんというのは今の俺たちのレベルでも問題ないのか? ヴォイドはついてこないのか」


 小次郎が尋ねると、ヴォイドは「ああ」と言って頷いた。


「カンストしてる俺が行っても経験値が無駄になるだけだしな。富士ヶ岳には複数のダンジョンが存在する。ゼニやアイテムを集められる場所もあれば、経験値に特化して伸ばせるダンジョンもある。あんたたちが潜るのは、経験値ダンジョンのレベル1だ。慣れてきたらもう少し高レベルのダンジョンに潜ってもいい」


「回復はどうする? 俺たちのポケットに入るのはせいぜいポーションの小瓶10本だ」


「うーむ」


 ヴォイドが難しい顔をする。

 ポシェットやウエストポーチのような鞄アイテムには、見た目以上に大量のアイテムや武器を入れることができる。 


 小次郎や忠政のようなキャラクターにも、プレーヤーと同じアイテム装備欄がある。


 プレーヤーは「手」の装備欄が複数あるため、武器と鞄を同時に装備することが可能だ。


 しかし、キャラクターの「手」の装備欄はひとつしかなく、ポシェットを装備するだけで自動的に武器が持てなくなってしまう。


「どっちの方が効率がいいんだろうな。ふたりで戦って経験値を得て、死にそうになったら戻ってくるか。それとも、片方が戦って、もう片方がポシェットを装備して荷運びに徹するか」


「総合的な経験値の量でいえば後者かもしれないの。移動の時間を省けるからじゃ」


 3人で話し合った結果、まずは小次郎がポシェットをもって荷運びになり、小次郎がレベル上げをすることになった。ふたりからは自分のレベルが見えないので、ある程度進んだら交代するという方針だ。


 富士ヶ岳の入り口はラックローの街を抜けた先の街道にある。

 一行は足早に歩みを進め、ラックローの街へ入った。


 街は狭くなかったが、それ以上に人でにぎわっていた。

 初級者から中堅くらいのレベル帯のプレーヤーが多い。


 普通の街の武器屋には攻撃力の高い武器などが目玉商品として置いてある場合が多いが、ラックローの武器屋には「ドロップ率増加」や「経験値増加」の効果つきの武器が多かった。


「物価はまだ戻っていないな」


 武器屋をのぞいて、ヴォイドは顔をしかめる。

 高額転売の個人商店はもういなくなっていたが、それでも値段が高すぎる。


「まあ仕方ない。親父さん、この『経験値増加の弓』を売ってくれ」


 ヴォイドが購入したのは、緑色の石がはめ込まれた小型の弓だった。

 威力は低めで飛距離も短いが、ダンジョンは洞窟なので小回りが利く方がよい。ダンジョンにはコウモリなどの弓矢が弱点の敵が多く、この武器が最適というわけだ。


「なるほど、弓か」


 武器を受け取り、忠政が構えてみせる。


「使ったことはあるか?」


「ああ。このようなショートボウではなく、和式の籐弓とうゆみだったがの。流鏑馬やぶさめは特に練習したぞ。なあ小次郎」


 流鏑馬やぶさめ。走る馬上から弓で的を射る、古い武術だ。小次郎はこの流鏑馬やぶさめが特に苦手だった。


 そもそも、弓がうまく射れない。力がこもりすぎだと師範に叱られ、なるべく力を抜いて射るとこんどはもっと力をこめろと叱られる始末。


 あるとき、朝廷のお偉方が市川の屋敷を訪問したことがあった。まだ小次郎が市川家から離反する前のことである。


 兄弟の父である市川忠利ただとしは盛大に官人らをもてなし、流鏑馬やぶさめの達人であった忠政がその技を客人の前で披露することとなった。


 ところが、お披露目の前日に忠政が落馬して怪我を負う。結局、影武者の小次郎が忠政のふりをして流鏑馬やぶさめを披露することとなった。


 失敗すれば市川家の名折れ。しかし、小次郎はこの技が苦手である。

 当日の朝まで、小次郎は馬場に籠りきりになり、両手が血まみれになるまで練習した。


 そして正午となり、馬場に客人たちがやってきた。


 忠政の狩装束を着た小次郎が、馬に乗って進み出る。

 的は3つ。傷だらけの両手は震えていた。


 馬に合図をし、走り出す。ひとつめとふたつめの的に矢は当たった。


 そして3つ目。過労できしむ両手が悲鳴を上げ、弦を引き切らないまま弓が飛び出した。

 このままでは矢が下にそれてしまう。


 その瞬間、乗っていた馬が体を跳ね上げた。今でもなぜ馬が跳んだのかはわからないが、矢は山なりに的へ向かって飛び、的の中心を割り抜いた。





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