第31話 共闘! 高橋くん
「またあなたですか。バグ修正のためにひとりで会社に残って徹夜作業していたら、通報が何件か来ていましたよ」
高橋くんはヴォイドを見て言った。転売ヤーたちが腹いせに通報したらしい。
ヴォイドはむっと口をとがらせる。
「ゲームの規約違反になるようなことはしていませんよ。何をしているのかというと」
「わかっています」
高橋くんは手を振ってヴォイドの言葉を止めた。
「ゲームを守ろうとしてくれているんでしょう。まったく、かんざしを集めようだなんてとんでもないことを思いつく人だ。悔しいが、今回はこちらに落ち度がある。自分も協力しましょう」
「本当ですか! だったら公式から、俺の商店のことをアナウンスしてくれませんか?」
「それはできません。運営側の非を認めることになりますからね。その代わりに」
高橋くんは端末をヴォイドに見せた。眷カノ公式Tmitterの画面に、「現在、ミヤビタウンでプレーヤー同士のトラブルがあったとの通報を受けました。現在原因究明中です」とのつぶやきが表示されている。
「こうすれば少しは野次馬も集まるでしょう。自分も微力ながら、お手伝いします」
そう言うと、高橋くんは腕まくりをして、「いらっしゃいませ!」と声を張り上げた。彼の目の下には大きなくまができている。
「ありがとう、運営さん」
「勘違いしないでください。こんなクソゲーですが、初めて手掛けたゲームだ。失敗すればキャリアに傷がつく。転職するときに響くんですよ」
それから数時間、ヴォイドと小次郎と高橋くんは武器を売り続けた。
4時を回っていったん落ち着いた客足が、7時過ぎにはまた増え始める。
3人ともくたくただった。小次郎は何度かポーションを飲んだが、疲労感があまり回復しなくなってきた。休めの合図だ。だが、持ち場を離れるわけにはいかない。
「ヴォイド、かんざしは何本集まったか」
「ええと、3万本くらいだな。周りの転売ヤーの商店もつぶれ始めているし、そろそろゼニでかんざしを買ってもいいかもしれない」
そう言って、ヴォイドが紙に「かんざし1本1万ゼニで買います」と書き足していたとき、広場に初期装備のプレーヤーがふたり現れた。
ひとりがヴォイド商店に向かって端末のカメラを向け、もう一人が何かしゃべっている。
ええ、今緊急で動画を撮っているんですけれども。はい。こちら、「眷属彼女♡オンライン」というゲームなんですけれども、運営のミスで炎上しているというメッセージをもらいまして、駆け付けてみたんですけれども――。
小次郎が彼らの方を見ていると、いきなりカメラを向けられた。
慌てて顔をフードで隠す。
「なんだ、あいつら」
「ゲームの炎上ネタを取り扱うYouCuberでしょうね」
ヴォイドが答える前に高橋くんが答えた。
「最近多いんです。あの人は、喋り方からしてチャンネル登録者数50万人超えの『
わ、本物の下高井戸⁉ と人が集まってくる一方で、彼の姿を見てチッと舌打ちして去っていくプレーヤーもいる。
「どういうやつなんだ?」
「俺はあまり好きじゃない」
ヴォイドが声を低くしていった。
「過激な発言で信者を集めている。ゲームを盛り上げるんじゃなく、ゲームを潰して飯のタネにしているようなやつだ」
「彼のせいで潰れたクソゲーも何本かあったみたいです。まあ、クソゲーなのでいつかは潰れる運命なんでしょうけど。目をつけられたのは運営としても痛いですね」
高橋くんも苦い顔をしていた。
下高井戸はすぐにいなくなったが、下高井戸効果なのか何なのか、8時を過ぎた頃にはヴォイド商店の前に再び長い列ができた。
昼過ぎまで3人は働き続けた。
かんざしで武器を買う人から、次第にかんざしを売ってゼニをもらいたがるプレーヤーが増えてきた。転売ヤーたちの商店は軒並み潰れ、武器屋にも商品が少しずつ戻りつつあった。
「自分はそろそろ出勤時間なのでこれで失礼しますよ」
へろへろに疲れた高橋くんが言った。
ヴォイドが頷く。
「ああ、助かりました。それから、俺も実はYouCuberなんですけど、今回の騒動についての動画を出させてもらいます」
「ええ、好きにしてください。こちらが把握していないということは、あまり大きいチャンネルではないんでしょうし」
しゅんとしてしまったヴォイドを残して、高橋くんが光の粒になって消えた。
「そろそろ兄上のところに戻らないか? かんざしもかなり集まっただろう」
小次郎が言うと、ヴォイドも短くなった列を見て頷いた。
「ああ、今並んでいるお客さんで最後にしよう。集まったかんざしは……9万本。全体の約3分の1ってところか。思ったよりは集まったな」
ヴォイド商店をたたんでふたりは再び飛行バグを使い、トリネシアの街へ飛び戻った。
上空から街を見下ろすと、見る限りではすでに暴動はやんでいる。
「兄上は大丈夫だろうか。こちらの街の方がミヤビタウンよりも治安が悪い。もしかすると、喧嘩をふっかけられているかもしれないな」
「ああ、すぐに確認しよう」
「†深淵の背律者ヴォイド†がログアウトしました」と表示され、小次郎の体が真っ逆さまに落下する。
そうだった。
悲鳴を上げながら落ちると、地面で待っていたヴォイドが受け止めてくれる。
もう二度とこのバグは使いたくない。
忠政が武器を売っているはずの噴水広場にふたりは駆け付けた。
広場の噴水の前には、小規模な列ができ、売り子と用心棒たちが汗水垂らしながら武器を売っている。
忠政は噴水の像のてっぺんに足を組んで座り、サングラスをかけてキセルをふかしながら、売り子たちを顎で使っていた。
サングラスを外してふたりの姿を見ると、忠政は手を振った。
「おう、小次郎とヴォイドよ。こちらは上々じゃ。かんざしでがっぽがっぽじゃ、わっはっは」
あまり心配する必要はなかったな。ヴォイドがあきれたように言った。
小次郎も頷いて、高笑いする忠政を見上げた。
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