第30話 ヴォイドのいいところ
端末からツツツ、とTmitterに書き込むと、ヴォイドは「ぐぬぬ」と言いながら最後に「#拡散希望」と付け足した。
「こういうタグはプライドが邪魔して使えなかったんだけど、今はそんなこと言ってられない」
広場の中央に大鎌を立てて、刃の部分に長い紙を貼りつける。
紙にはヴォイドの歪んだ文字で「ヴォイド商店 かんざし3本でお好きな武器と交換します」と書いた。
最初はヴォイドの期待に反して、誰も人が寄り付かなかった。
よく考えれば当たり前のことだ。かんざしといえば、初心者には手の届かない激レアアイテム。たまたま手に入れた「たった」3本のかんざしを、そう簡単に手放すプレーヤーはそうそういない。
「かんざしで武器と交換だってよ」
「馬鹿じゃねえのあいつ」
クスクス笑いながら通り過ぎるプレーヤーもいた。
ヴォイドは下を向いたままその場を動かない。
意志の強いやつだ。そう思って、小次郎が客を待っていると、ヴォイドに服の端を引っ張られた。
振り向くと、ヴォイドが半泣きになっていた。
「心が折れそうだ」
「早くないか。始めたばかりだぞ」
「ごめん、俺が弱気にならないように、俺のいいところを10個言ってくれ」
突然の無理難題に小次郎はうろたえた。
「お前のいいところか。ええと……ええっと」
「ないのかよ。もういいよ」
「ないとは言っていないだろう。ちょっと待ってくれ、考えるから」
ヴォイドがさらに目に涙をにじませたとき、ヴォイド商店の前に一人のプレーヤーがやってきた。
装備を見るに、つい最近始めたばかりの初心者プレーヤーのようだった。
「あの、このかんざしで武器がもらえるって本当ですか?」
ヴォイドがはっと顔を上げる。
「もちろんです。SSR武器もありますよ」
「よかった! なぜか武器屋はからっぽだし、個人トレーダーさんの店をのぞいてもN武器が100万ゼニで売ってたりして手が出せなかったんです。ようやく冒険ができる」
ヴォイドが並べた武器を丁寧に吟味すると、プレーヤーは刃がぎざぎざになっている一組の双剣を選んで満足げに去って行った。
その様子を遠巻きに見ていた初心者や無課金のプレーヤーたちが、ヴォイド商店の前に列を作り始めた。
まだかんざしの暴落には気づいていないが、武器を買うためには致し方ない。そんな人が多かった。
ヴォイドの手持ちのかんざしが30本、40本と増えていく。
しかし、まだ売れるペースは遅かった。
「ヴォイド、大丈夫か? このままでは……」
「ああ、わかってる。定期的にTmitterで告知もしているが、思うように人が集まらないな。でも、ミヤビタウンで一番人が多いのはここだ。そのうちなんとかなるさ。たぶんな」
小次郎はなおも不安がったが、彼の心配をよそに客足は指数関数的に増えていった。
ヴォイドが武器を渡し、小次郎が列を整理していたが、次第に追い付かなくなる。
そのとき、列の奥で悲鳴が上がった。
上位プレーヤーがやってきたのだ。
上位プレーヤーは列を無視し、邪魔になった初心者を斬り倒そうとしていた。
「列に並んでください。順番なので」
数秒間のにらみ合いの後、上位プレーヤーは舌打ちをして列にならんだ。
そのせいで何人かのプレーヤーが列から離脱し、ヴォイドは苦い顔をする。
武器の受け渡しが進み、上位プレーヤーの番になった。彼は9本のかんざしをヴォイドに渡すと、SSR武器3本をひったくって去って行った。
「大事ないか?」
小次郎が尋ねる。ヴォイドが首を振った。
「人手が足りないな。さっきみたいなやつもいるし、周りの個人商店のやつらも、武器の値下がりに気づき始めた。いつか誰かが怒鳴り込みにくるかもしれない。そろそろ人を雇うか」
ヴォイドが立ち上がると、近くをふらふらしていた強そうなプレーヤーに声をかけた。
「あんた、用心棒として雇われてくれないか」
プレーヤーはヴォイド商店に並んだ人の列を見て、状況を理解したようだ。
「えらく良心的な商売をしているな。いいぜ、宝玉100個でならやってもいい」
「悪いが、宝玉のやりとりは運営から禁止されている。ゼニでどうだ」
「あんな石っころほしくねえよ。そうだな」
プレーヤーはヴォイドの大鎌を指さした。
「あれをくれ」
「……あの大鎌はラスボスを倒して手に入るレア装備だ」
「ああ、知ってるぜ。あれをよこさねえなら、協力はしない」
ヴォイドは黙って大鎌を引き抜き、紙を外してプレーヤーに渡した。
小次郎が慌ててヴォイドに尋ねる。
「いいのか」
「ああ」
ヴォイドはにやりと笑って、ウエストポーチから
「俺はRTA勢だからな。ラスボスとは顔なじみなんだ」
それからヴォイドは用心棒をもうひとりと、売り子を5人雇った。
ヴォイド商店はにわかに活気づいてきた。「Tmitterを見て来ました」という客も何人かいた。
交換待ちの行列はどんどん長くなり、ミヤビタウンの端の方まで伸びて行った。
面白がって列の写真をTmitterにアップするプレーヤーが現れ、それがさらに客を呼んだ。
武器が売れなくなったことに気づいた個人店の転売ヤーたちがヴォイド商店を覗きに来たが、用心棒が目を光らせているため手が出せない。
時間は現実時間で0時を回っていた。ヴォイドが大きなあくびをする。
「ヴォイド、眠いのか」
小次郎が尋ねると、ヴォイドが首を振る。
「いや、平気だ。一瞬ログアウトしてエナドリ取ってくるから、ちょっと代わってくれ」
それから1時間経っても、客は減らなかった。
むしろ深夜帯の中級者プレーヤーが目立ち始める。
初期スポーン地点のこの異様な賑わいが、運営に気づかれないはずはない。だが、運営の営業時間は20時までのはずで、朝になるまで運営は手出しできない。はずだった。
「おい、何をしている」
ヴォイド商店の前に光が舞い降りて、黒髪の運営、高橋くんが現れた。
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