第29話 ゲーム経済を救え
3人は裏路地に入ったが、そこはすでに武器やアイテムの高額転売プレーヤーの
道路にはかんざしがごみのようにぱらぱらと落ちている。
ヴォイドはすべてのかんざしを丁寧に拾い集めると、ぐっとにぎりしめた。
「かんざしめ、全部まとめてエルピオンの泉に沈めてやる!」
人前で作戦会議をするわけにもいかないので、街の北方の地蔵のいる木立の中に3人が座れるだけの空間を見つけて腰を据える。
「お地蔵様の前でこういう話をするのも申し訳ないが……。いいか、聞いてくれ。俺は頭が悪い。だから、もしかしたら計画に穴があるかもしれない。そのときは、遠慮なく指摘してくれ」
ヴォイドは前置きすると、いつもの3割増しの早口で話し始めた。
彼の計画は以下の通りである。
物価が崩壊した今の状態では、初心者プレーヤーや微課金・無課金プレーヤー、騒動に出遅れたプレーヤーたちがゲームを楽しめる状態とはとてもいえない。
今回の騒動は、かんざしの量が増えたことが原因だ。つまり、放出されてしまったかんざしをヴォイドのもとに集め、かんざしの量を減らせば、元の健全な状態に戻るはずである。
そこで、武器やアイテムの価値が上がりきったタイミングを狙って、ヴォイドが手持ちの大量の武器やアイテムを、プレーヤーたちのかんざしと交換するのだ。
まず、ヴォイドと小次郎が飛行バグを使って人口の多いミヤビタウンに戻り、武器とプレーヤーのかんざしを交換する。
高所恐怖症の忠政は飛行バグを使えないので、トリネシアの街に残って同じように武器でかんざしを買う。
同時に、ヴォイドがSNSを使って、「暴落したかんざしを渡せば貴重な武器をくれる変わり者が、ミヤビタウンとトリネシアの街にいる」という噂を流す。
かんざしを回収し、もとの「かんざし本位制」に戻れば、経済は再び安定するかもしれない。
「聞きたいんだが」
小次郎が口を挟む。
「その方法だと、途中で武器の価格とかんざしの価値がつりあって、今回配られたすべてのかんざしを回収することはできないんじゃないか?」
「ああ、それでいい。俺の目的は、今の不健全な経済が定着する前に、『かんざし本位制』を取り戻すことだ。ちろん、前と完全に同じとはいえないがな。『かんざし本位制』にも欠点がないとはいえないが、ゲームが長続きする上では悪い制度ではないと思っている。課金者ばかりが優遇されるこのゲームで、唯一誰もが楽しめる要素だからな」
「でも、それではお前が損をするだけではないのか?」
小次郎が尋ねると、ヴォイドはまっすぐ小次郎の目を見て答えた。
「守りたいんだよ。小次郎さんや、忠政さん、マヒロばあちゃんもいる、このゲームを」
小次郎は思わずヴォイドから目をそらせた。
なんとなく、虫の居所が悪かった。
「俺は忠政さんが武器を売るときに使うポシェットを買ってくる。転売ヤーから買うのは面白くないが、もう道具屋はからっぽだろうし、しょうがない。ふたりはここで待っていてくれ」
ヴォイドが街の方面に向かって走って行った。
地蔵の前には、小次郎と忠政のふたりが残された。
「兄上、ちょっといいか」
忠政の背に向かって小次郎は問いかける。
「俺たちの目的は、エルピオンの泉に行って体を幼児化させることで、このゲームを終了に導くということだったよな。ヴォイドに協力してゲームを救うことに意味はあるのか?」
忠政はちらりと小次郎を見る。
「おぬしはヴォイドに協力したくないのかの?」
「そういうわけでは……」
「各地の地蔵たちがさみしがっておるからの」
忠政は地蔵の前にしゃがみこんで手を合わせた。
「そやつらに祈りをささげるまではゲームを終わらせられん」
「……どういうことだ?」
小次郎が尋ねたとき、背後の木々ががさごそ動いて、ポシェットをにぎりしめたヴォイドが戻ってきた。
「ポシェット買えたよ。すげーぼったくられたけど。ポシェットに武器を5000本入れておいたから、あとは忠政さんに任せた。この街で武器を売りさばいてかんざしを集めてくれ。小次郎さん、俺たちは行こう、時間がない」
小次郎とヴォイドは走って「トリネシア信用金庫」の前の広場にたどり着いた。
すでに店先にいた暴徒たちはいなくなり、代わりに路上で装備の高額転売をしている人々が見受けられる。
「飛行バグ、というのはどうやって使うんだ?」
小次郎が息を切らしながら尋ねると、ヴォイドは小次郎に手を差し出した。
「小次郎さんはキャラクターだからバグを使えない。俺の腕に捕まっていてくれ。バグのやり方だが、NPCと会話をしながらアイテム欄を開いて、入れる建物の入り口を出入りする。そうすると、なぜかNPCと会話したままアイテムを使えるようになる。ここで滑空アイテム『グリフィンの羽』を使い、滑空時間が切れる前にNPCとの会話をキャンセルすると……」
ふたりの体が上空のかなたへ舞い上がった。
はるか下に街が見えるが、視界がカクカクしていて気分が悪くなる。
「慣れてないと酔うから目は閉じてな」
ヴォイドはそう言って、小次郎の手を引いたまま空を走り出した。
目を閉じた小次郎は、ぐっとヴォイドの腕をにぎりしめた。
手を離したらどうなるのかはわからないが、少なくとも離さない方がいいことだけは確かだ。
上空なのに風は感じない。ゲームなのであたりまえだ。だが、ものすごい速度で移動しているのはわかる。
好奇心で薄目を開けてみると、視界に緑と青の縦線がうごめいていた。吐き気がこみ上げてすぐに目を閉じる。
「着いたぞ。目を開けていい」
ほんの20秒ほどの出来事だった。
小次郎が目を開けると、眼前にはミヤビタウンが広がっていた。
数日かけて移動した経路を、たった20秒で飛んできたのだ。
「じゃあ、下りるか」
その瞬間、「†深淵の背律者ヴォイド†さんがログアウトしました」と表示されてヴォイドの姿が消える。
「え」
小次郎の体は真っ逆さまに地面へ落下していった。
死ぬ。そう感じたとき、地面で待っていたヴォイドがすとんと小次郎の体を抱きとめた。
「すまん、説明していなかったな。怖い思いをさせた」
死ぬかと思った。まだ心臓がばくばくしている。
「いや……かまわない。降ろしてくれ」
時間は現実世界でゴールデンタイムだ。仕事や学校を終えたプレーヤーたちが次々にミヤビタウンにスポーンしている。
ミヤビタウンでは、トリネシアの街のような惨状を繰り広げる人々と、まだ現状を理解していない人々が入り混じっていた。
装備屋に群がるプレーヤーたちの前で、困ったように初心者プレーヤーが立ちすくんでいる。
武器屋の前では、暴落の象徴とでもいうように、子供のNPCがかんざしを積み上げて遊んでいる。激レアアイテムだったはずのかんざしを、だ。異様な光景がここにも広がっていた。
「さあ」
ヴォイドは広場の中央にどかっと腰を下ろした。
「かんざしを集めるぞ」
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