第28話 暴徒と化したかんざしトレーダーたち

 トリネシアの街は、すでに異様な空気に包まれていた。


 装備屋やアイテムショップに人が群がり、殴り合いの喧嘩をしながら物を買い占めている。

 トリネシアの銀行「トリネシア信用金庫」の前では、平謝りする銀行員NPCをプレーヤーたちが怒鳴りつけていた。


「あー、やっぱり」


 ヴォイドが頭を抱えた。


 一般のゲームでは、ゲーム内通貨の価値は基本的に一定であり、装備屋などに並べられた商品の値段が変わることはない。


 しかし、「眷属彼女♡オンライン~最強のトレーダーを目指して~」では、少し特殊なシステムが取られている。

 ゲーム内通貨「ゼニ」の価値と物価が、トレードアイテム「かんざし」のレートで変わるのだ。


 ゲーム内に存在するかんざしの本数は、常に1万本前後になるように運営によって調整されている。


 しかし、たとえば新しいキャラクターが出たり、大規模な眷属彼女オークションが行われたり、かんざしの総数が減ったりすると、かんざしの価格は上がる。


 逆に、だれかがかんざしを大量に売ったり、運営がかんざしの総数を増やしたりすると、かんざしのレートは下がるというわけだ。


 そして、ゲームの物価はすべてかんざしのレートと連動している。かんざしが値上がりすれば、店先に並ぶ商品や、プレーヤー間でのアイテム売買の価格も上がる。


 今までは「トレーダー」と呼ばれる人々が、かんざしやアイテムの売買によって利益を得て経済を回していた。絶妙な均衡の上に経済が成り立っていたということだ。


 プレーヤーたちはそれを「かんざし本位制」と呼ぶ。


 ところが、今回の無知な運営によるかんざしの放出によって、かんざしの総数が30倍以上となった。当然、かんざしは大暴落し、ゼニの価値も落ちる。


 それを察知したプレーヤーたちが、ゼニとかんざしに見切りをつけ、アイテムや装備の買い占めに走り始めたのだ。

 かんざし本位制の崩壊した社会では、「もの」が力を持つ。「もの」の数には限りがあるのだ。今後は物々交換か、武器の高額転売屋からの購入によってしかアイテムを得られないというわけだ。


「もう終わりだ……終わりだこのゲーム」


 ヴォイドが白い髪をかきむしった。

 あの金髪の運営が言っていた言葉と同じだ、と小次郎は思う。


「ヴォイド、この状況をどうにかできないのか?」


「できるはずがない。今が現実時間で18時だろ。これからどんどんプレーヤーが増えて、ものはどんどんなくなっていく。ゲームが嫌になった人たちが全員引退すれば、運営は立ち行かなくなってサービス終了だ」


 ヴォイドは壁際に体位座りになって顔をうずめた。

 ヴォイドにつまずいたプレーヤーが、「邪魔だ!」と怒鳴って去っていく。


「ヴォイドよ、おぬしにはできるはずじゃ。このゲームを存続させることがの」


「できるもんか。俺なんかに……」


「考えるのじゃ。『もの』が有限だから今の騒動が起きておるのじゃろ。じゃが、限りなく無限に近い『もの』がひとつある」


 忠政を無視するように下を向いていたヴォイドが、突然はっと顔を上げた。


「そうか、ガチャだ!」


 ヴォイドはウエストポーチをがさごそと漁った。


「ガチャで回した武器は売ってしまったのもあるが、手持ち武器は……だいたい2万本弱か。うまくやれば、もしかしたら……」


 ちょっと考えさせてくれ、と言って、ヴォイドは頭を抱えて目を閉じ、ぶつぶつ何かをつぶやき始めた。

 

 1分。2分。街の喧騒は次第に大きくなってゆく。

 待ちきれなくなってヴォイドに声をかけようとした小次郎を、忠政が手で制し、首を振った。


 ガチャ確率とダメージ計算さえできればいいと言っていたあのヴォイドが、自分の頭を使って考えているのだ。邪魔をするなということだろう。


 はっとヴォイドが目を見開いたのは、10分後のことだった。


「この策ならいけるかもしれない! 忠政さん、小次郎さん、作戦会議だ。ついて来てくれ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る