第27話 詫びかんざしばらまき事件

 すべてのシーンを撮り終えて、最後の「カットォ」を出すと、監督はようやくメガホンをしまった。


「これで撮影は完了ネ。役者もスタッフもみんなありがとうネ。ワタシは帰って残りの編集と納品作業をするネ。それじゃ、バイバイネ~」


 監督は太った体をよたよたさせながら、光の中に消えていった。

 スタッフの一人がリモコン状の端末を向けると、セットもカメラもすべて消え、元の黒い無の空間だけが残った。


 中国人の男女が高橋くんを呼び出し、何かを早口で伝える。

 高橋くんは顔をしかめると、金髪の運営の方に駆け寄った。


「井上さん、緊急メンテナンスの『お詫び』についてなのですが」


「ああ、プレーヤーには迷惑をかけてしまった。多少の詫び石を……」


「いえ、あの方たちはなるべく課金アイテムである『宝玉』は配布したくないと。その代わりに、プレーヤー1名につきかんざしを3本配ろうと言っています」


 金髪の口があんぐり開いた。


「正気か? かんざしはトレードアイテムだ。もしそんなことをしたら……」


「はい。もう決定して、上にも通知してしまったと」


 金髪は何かいいかけて、それから首を振った。


「もう終わりだ……終わりだこのゲームは。高橋、お前も早いうちに転職先探しとけ」


 どうも、運営の金髪や高橋くんは中国人たちの下請けらしかった。気に食わないことがあっても言い返せないようだ。


 金髪は手元の端末で時間を確認する。


「あと5分で3時間だ。時間ぴったりにゲームを再開して、不具合修正のお知らせとTmitterの告知を」


「はい」


 運営たちが光の中に消えていく。

 同時に、キャラクターたちの体も光の粒になって天へ昇り始めた。それぞれの「主人」のもとへと……。





 小次郎と忠政は、3時間前とほぼ同じ場所にスポーンした。

 装備や服はもとに戻っていて、少しほっとする。


 忠政とふたりでしばらく待ってみたが、ヴォイドは現れない。


「ま、あやつに時間通りに来る社会性があるとは思えん。しばらく狩りでもして時間を潰そうかの」


 今の小次郎と忠政の戦力では、レベルが低すぎる。今後現れるボスに太刀打ちできない可能性があった。

 

 体力回復用のポーションには限りがあるため、なるべく弱そうな敵を狙って倒していく。小次郎と忠政は、プレーヤーであるヴォイドとは異なり、魔法が使えない。武器も1本までしか持てないため、弓が弱点の「トリバード」のような飛行敵にも特効攻撃が出せない。

 そのため、どんな敵でも地道に斬って倒すしか方法がなかった。


 小一時間経って、ようやくヴォイドがログインした。


「ごめんふたりとも。動画を編集していたら遅くなった」


 ヴォイドが端末を起動してYouCubeを開く。


「投稿した動画、見てくれよ。サムネイルも作ってみたんだ。有名な時事系YouCuberのサムネを参考にしてみた。あと字幕も……」


 端末の画面に「PR」の文字が現れて、ピンを引き抜く動画広告が始まった。


「ああ、広告かよクソ……って、これ忠政さんじゃないか?」


 画面の中で忠政がアリゲーターを振り回している。

 撮ったばかりなのに、もうCMとしてリリースされているようだ。


「いつのまにこんなの撮ったんだ?」


「さあ、いつじゃったかの」


 忠政がとぼけてみせた。

 ヴォイドがすねたような顔をして、


「俺が必死にアピールした自分の動画よりも、忠政さんの出てる広告の方がみんなに見てもらえるんだから世知辛いよな。そもそも、俺の動画で広告流しても、収益化できていないから俺には1円も入らないし」


「子どもみたいないじけ方をするでない。おぬしはまだまだこれからの男じゃ。大器晩成型じゃ!」


 忠政が慰めると、「それもそうだな」と言ってヴォイドが顔をほころばせる。

 簡単なやつで助かるわい、と忠政が小次郎にささやいた。


「それじゃあ、次のトリネシアの街へ出発だ。おっと、ちょっと待ってくれ、運営からプレゼント付きのメールが。詫び石かな?」


 端末を見つめるヴォイドの顔が凍り付いた。

 ヴォイドがメールの「受け取る」ボタンをタップすると、端末から和風の装飾がされた片手サイズの宝箱が飛び出す。


 宝箱を開くと、中には3本のかんざしが入っていた。


「なんだ……これ」


 地面に膝をつくヴォイドの肩越しに、忠政が箱を覗き込んだ。


「ふむ、詫び石ならぬ詫びかんざしか。全プレーヤーに3本ずつ配っているようじゃの。よかったではないか、レアアイテムが手に入って」


「冗談じゃない! かんざしはトレードアイテムの根本だ。ゲーム内に1万本しかなかったかんざしが、各プレーヤーに3本ずつ配られたとなると……。急いでトリネシアの街へ行くぞ」


 ヴォイドがかんざしをウエストポーチに突っ込んで走り出す。


 小次郎と忠政が慌てて追いかけるが、ヴォイドの方が足が速いため追い付けない。


「待てヴォイド、俺たちの足では追い付けない」


「ああ、ごめん。慌てすぎた」


 ヴォイドが速度をゆるめ、ふたりと並走する。


「何が起こっているのか詳しく教えてくれないか?」


 小次郎が頼むと、ヴォイドは頷いて説明を始めた。


「簡単に言うと、眷カノには3つのゲーム性がある。眷属彼女を作ること、冒険をすること、そしてアイテムなどのトレードでゼニを稼ぐことの3つだ。すべてのプレーヤーは、だいたいそのどれかを目的にしてゲームを楽しんでいる。眷属彼女を作るには課金が必須だから、無課金勢の大半はトレードで遊んでいるな。ところが、今かんざしが全員に3本ずつ配布されたことで、その3つ目の『トレード要素』が崩壊した」





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