第26話 ピンを引き抜く例のゲーム
忠政が箱の左下に入る。右上には煮えたぎるマグマ、らんらんと牙を光らせるアリゲーターとは、ピン1本のみで仕切られている。
小次郎はぎょっとして監督に詰め寄った。
「待て監督、あれは危険じゃないのか……にゃん」
「大丈夫ネ。あのワニとマグマはホログラムネ。そうじゃなきゃスタッフが死んでるネ。それじゃ、『失敗』パートの撮影用意。アクションネ!」
「IQ150 女の子を助けろ!」と表示が出て、カメラが回り始めた。
巨大な「手」が現れて、どのピンを引き抜こうか迷う動きをする。
箱の上部のピンが引き抜かれ、マグマと水が混ざり合って黒い岩になった。これで、マグマで怪我をすることはなさそうだ。
あとは右のピンを引き抜いて岩をアリゲーターの上に落とすだけ。
ところが、巨大な「手」はあろうことか、アリゲーターと忠政を遮っている下のピンを引き抜いた。
ブッブーという音に合わせて、「失敗!」の文字が出る。
アリゲーターが歯をがちがちさせて忠政にとびかかった。
まずい!
小次郎が走り出そうとしたとき、忠政が叫んだ。
「秘技、拳法舘川流、はあっ!」
忠政がアリゲーターの尻尾を掴み、頭上でぐるぐるぶん回すと、とんでもない勢いで壁に投げつけた。
アリゲーターがきゅるると鳴いて、光の粒になって消える。
カ、カットォ、と監督が叫ぶ。
「ちょっと思ってたのとは違うけど……ばっちりネ! チェックをするネ」
画面にムービーが流れる。軽快な音楽とともにピンが引き抜かれてゆき、忠政がアリゲーターを投げ飛ばすと、「豪華声優陣! 眷属彼女♡オンライン~最強のトレーダーを目指して~ 好評配信中!」と声が流れて8人のキャラクターの画面が出て終了。
「OK、OK。これも一発OKネ。調子がいいネ。次は『極道と秘書と車』ネ。セットカモンネ!」
建物の入り口のようなセットと、車のアセットが数台現れる。
セットと同時に、ガラの悪い見た目の男が数人現れて、小次郎は警戒した。
「彼らはヤクザ役の俳優だから心配ないネ。今度は30秒CMネ。まず入り口で、レベルの低いチンピラを極道Lv.99が倒して、秘書を救うネ。それから、極道Lv.99が車を買うネ。秘書役はさっきと同じ三毛の
意味がわからない。ヴォイドの動画より意味がわからない。本当にこれでいいのだろうか。
「アクションネ!」
撮影が始まった。
チンピラに絡まれる忠政。
「それは難しいです、秘書が攻撃されているぞ」とやや怪しい日本語とともに、極道Lv.99の役者が現れて、チンピラたちをなぎ倒していく。
「Lv.5のチンピラを倒したら、☆5秘書を取得! お金を入手したので次は車を買うに決まってる」と言って、極道Lv.99が並ぶ車を検分していく。
「その車はよくない、この車もよくない、そのボロい車は問題外です。蹴とばしなさい」
最後の「蹴とばしなさい」は「候補から外せ」くらいの意味だったのだろうが、極道Lv.99の後ろをついて来ていた忠政が「蹴るのかにゃ? わかったにゃ!」と言って、黒い車を思いっきり蹴とばした。
車がボン! と音を立て、ボンネットから煙が上がる。
一番端にある白い高級車を見つけてリアクションを取ろうとしていた極道Lv.99の役者が振り返り、ぎょっとして目を見開く。
「なんということでしょう。このボロい車は実はヴィンテージ高級車だった。俺はお金を失うに決まってる!」
カットォ。監督がメガホンを叩いた。
「いいネいいネ! アクシデントもあったけどおおむねいいと思うネ! チェックは後に回して、このまま次の撮影にいくネ!」
監督の後ろに控えていたスタッフが忠政に駆け寄り、台本を手渡した。
「今度はパズルゲームネ。
「読むだけでいいのかにゃ? 簡単にゃ!」
忠政は台本を受け取ると、監督の「アクションネ!」に合わせて読み上げ始めた。
「最近話題の眷属彼女、私もやってみます! おっと、パズルですかね。まずは黄色のブロックを消して、紫の……」
「カットォ!」
監督が眉根にしわをよせて立ち上がった。
「遅いネ! 10秒しかないのにそんなに遅かったら全部言い切れないネ。もう一回やるネ。アクションネ!」
忠政は唇を噛むと、聞き取れるか聞き取れないかぎりぎりのとんでもない早口でセリフを読み上げ始めた。
「最近話題の眷属彼女、私もやってみます! おっと、パズルですかね。まずは黄色のブロックを消して、紫のブロックを消すと、なんと、爆弾が出てきました。爆弾をタップすると……わあ、全部消えましたよ! これは爽快です。眷属彼女、皆さんもやってみてくださいね!」
「カットォ。ぴったり10秒ネ。最高ネ。チェックに入るから、少し休憩ネ」
わしとしたことが、リテイクを食らってしまったわい。頭をかきながら、忠政が小次郎の隣に戻ってきた。
「しかし、CMとは妙なものだな。あのような遊戯がこのゲームの中にあったなんて、知らなかった。俺も少し興味が湧いてきた」
「ないぞ」
忠政がけろりとして言う。
「はあ?」
「だから、ないのじゃ。ピンを引き抜くゲームも、極道や車も、『眷属彼女♡オンライン』には存在せぬ」
「つ、つまり、今までのは全部嘘ということか⁉」
わかっておらぬのう。忠政が人差し指を立てて左右に振る。
「クソ広告とは様式美じゃ。実際にはないコンテンツも、怪しい日本語も、みんなそういうものだとわかって楽しんでおる。あの監督は、そこの機微がようくわかっておるのじゃ」
チェック完了ネ、と言って、監督がメガホンを叩く。
「次は壊れた部屋のリフォームのCM、次はガチャと課金アイテム大量配布のCM、その次は選択する遺伝子を間違えて不細工に生まれてしまった
はーいと手をあげて、忠政がセットに向かって駆けていく。
本当にそれでいいのかと疑問に思いながら、小次郎は忠政の背中を見つめていた。
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