第25話 低予算CM撮影だにゃん♡

「CMだあ? そんな用意あるわけねえだろうが」


「準備はむこうですべて整えてくれたようです。ぜんぶむこうでやるので、俺たちは見ているだけでいい、と」


「なんでこういうときだけ我々に相談しないで勝手に進めるんだ連中は!」


 金髪はたいそうご立腹のようだ。


 小次郎は忠政にひそひそとささやいた。


「兄上、しーえむとはなんだ?」


「CMとは広告のことじゃ。みんなにこのゲームを知ってもらうための宣伝じゃな。あまり説明している時間はない。よいか小次郎、万が一なにか発言を求められたときは語尾に『にゃん♡』をつけるのじゃ」 


 忠政がいかめしい表情のまま早口で言った。


「なんだって?」


「なんだってではない。『なんだにゃん♡』もしくは『にゃんだって』でもよいぞ。とにかく、にゃんにゃん、じゃ」


 光の中から、太った男とその部下らしき人間が数人現れた。

 太った男はきょろきょろ周囲を見回すと、金髪に目をつける。


「おお、井上ディレクター。久しぶりネ」


「監督!」


 金髪が突然顔に張り付いたような笑顔を浮かべて太った男と握手する。


「あの太ったのは、中国の有名なゲームCM監督じゃ。日本の中国産ゲームの広告はだいたいあの男が作っておる」


 忠政が小声で説明してくれる。

 金髪が大げさにうれしそうな顔をして言った。


「まさか、眷カノのCMも監督が?」


「もちろんネ。ワタシと井上ディレクターの仲ネ」


 金髪は一瞬尋常でないほど顔をしかめると、すぐににこやかな笑みを浮かべた。


 「監督」はふうふう息を吐きながら、キャラクターの列の端まで歩いてくると、忠政と小次郎の目の前で立ち止まった。


「このマオたちが今回のアップデートのSSRネ」


「はい、No.1497からNo.1504の8体です」


「OK。じゃあまず、8人バージョンの撮影を始めるネ」


 監督の部下たちが粛々と準備を始める。

 白い壁に、明るい照明。そして大きなカメラ。


 小次郎たち8名の新規キャラクターが、白い壁の前に並んだ。


「Rキャラから順に『ご主人様♡』と喋らせるネ。そして最後に『豪華声優陣! 眷属彼女♡オンライン~最強のトレーダーを目指して~ 好評配信中!』と斉唱ネ。それでは、アクションネ!」


 高橋くんが端末を操作する。

 端に立ったキャラクターが順々に、カメラに向かって「ご主人様♡」とセリフを言い始める。


 小次郎の順番は最後だ。気恥ずかしいセリフだが、背に腹は代えられぬ。


「ご主人様にゃ♡」


 隣の忠政が猫のポーズをして言った。

 背筋が緊張でぴんと張り詰める。


「ご主人様、にゃん」


 豪華声優陣! 眷属彼女♡オンライン~最強のトレーダーを目指して~ 好評配信中!


 小次郎のセリフが終わった途端、7人が同時に言った。最後のセリフのことをすっかり忘れていた小次郎は、あわてて口をぱくぱくさせる。


 監督に気づかれただろうか。ちらりと太った顔を見上げると、監督は満足げにふんふん笑って、


「カットォ。ぴったり15秒ネ。一旦チェックをするネ」


 チェックでーす。と言って、周囲のスタッフたちがめいめいの機器をいじりだす。

 空間にぽわんと白い画面が現れて、No.1497の胸元が表示された。


 動画の背景は白無地ではなく、いつのまにか金と赤の豪華絢爛な背景になっている。

 動画が再生され、カメラがキャラたちの胸を強調するように流れていく。ご主人様、ご主人様、ご主人様……。


 ご主人様、にゃん。小次郎の巨乳がアップで映し出され、顔にカメラが向けられたかと思うと、一瞬で全体の引きの画像に移り、最後のセリフが流れた。小次郎がセリフを飛ばしたのははっきりと映っていなかった。


 忠政がにやにやしながらささやく。


「小次郎よ、おぬし、最後のセリフを忘れておったじゃろ。……小次郎?」


 忠政は青い顔をした小次郎をみてぎょっとする。


「どうした小次郎、気分でも悪いか」


「いや、大事ない」


 小次郎は首を振ると、歯を食いしばった。

 胸をことさらに強調するアングル。低俗なセリフ。性的視線を向けられる側に立った小次郎は、強烈な不愉快さに吐き気がこみ上げていた。


 監督がプラスチックのメガホンをかぽかぽ叩いた。

 

「OK、OK。一発でOKネ。素晴らしい。じゃあ次は、恒例の『アレ』を撮影するネ」


「『アレ』、やるんですか、やっぱり」


 金髪がうんざりしたように尋ねる。


「もちろんネ。『アレ』がないとゲーム広告とはいえないネ。それじゃあ、出演者は……」


 監督の目が小次郎の顔に留まる。


「ふんふん、そこのハチワレマオかわいいネ。それじゃあ……」


「にゃっ!」


 忠政が小次郎の前に飛び出した。


「コジちゃんにこの大役は務まらないにゃ! ここはお姉ちゃんにどーんと任せるにゃ!」


 監督の後ろに控えていた高橋くんがものすごい形相で忠政をにらんだ。

 監督は忠政を眺めると、ふんふんと頷いた。


「いいかもネ。元気があるのはいいことネ。じゃあ、そこの三毛柄のマオで撮影するネ。セット、カモンネ!」


 スタッフたちがどこからともなく巨大な白い箱を引っ張ってくる。

 箱の右上には煮えたぎるマグマ、左上には水が貼られており、右下の空間にはアリゲーターが牙をちらつかせながら待機している。


 マグマ、水、アリゲーターはそれぞれ持ち手のついた金色の棒のようなもので仕切られていた。


 例の『アレ』、ピンを引き抜くゲームだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る