第18話 VR痴漢犯を追え
街道を進み、6番目の街「ウィステリアン・リバーの街」が見え始めた頃、小次郎は仲直りもかねてマヒロに聞いてみた。
「なあ、マヒロ。その名前の最後についている『@天鬼推し』ってなんなんだ?」
「ああ、これかい? 『天下丸×鬼首切』って意味だよ。あんたは『名刀男子~百花繚乱のイケメンたち~』ってゲーム知ってる?」
わしらの武器がイケメン化したゲームのことじゃ。忠政がこっそりフォローを入れる。
「その『×』ってのは?」
「うーん、つまり、天下丸様と鬼首切ちゃんのBL。恋愛ってことさ」
「男同士なのに恋愛をするのか」
小次郎は驚いた。確かに小次郎の時代にも男色はあったらしいが、ここまでオープンに楽しむものではなかったはずだ。
「まあ、公式じゃなくて、あたしの中の妄想だけどね。二次創作の漫画を載せているホームページもあるんだ。見てくれよ」
マヒロが自分のポシェットからタブレット型端末を取り出して見せてくれる。
四角いバナーの下に「18歳未満閲覧禁止 天鬼CPです。苦手な方はご遠慮ください」という注意書きがちかちかした文字で書かれている。
マヒロがバナーをタップすると、背景が美男子ふたりの見つめ合っているイラストに変わり、虹色の紙吹雪のエフェクトとともに、「あなたが1万人目の訪問者です!」と表示された。
「ありゃりゃ、キリ番踏んじゃった」
「ふむ。なかなかの
「そうなんだよ。天鬼カプは邪道っていう人もいるけど、やっぱ一番たぎるんだよね。何がいいのかっていうと――」
忠政にマシンガントークを始めたマヒロから、小次郎はそっと離れた。
やはり、この女と話すのは疲れる。ほどほどに留めておくのが吉だろう。
ロードを挟んで「ウィステリアン・リバーの街」に入った後も、マヒロは「天鬼」の尊さについてまくしたてていた。
助けてくれ。忠政がぐったり疲れたような顔をしてちらちらとこちらを見るが、小次郎にはどうしようもない。
朝早いためか、「ウィステリアン・リバーの街」に人は少なかったが、それでもちらほらと人影はあった。
このゲームは「眷属彼女」を作る、というコンセプト上、マヒロのような女性プレーヤーは少なく、ほとんどのプレーヤーが男性だ。
男性プレーヤーはくるぶしまであるズボン、女性プレーヤーはスカートと衣装の型が決まっているため、短髪のマヒロであってもすぐに女性だとわかる。
街の中心部を通り過ぎようとしたとき、小次郎はささやかな異変に気付いた。
人が、道に埋まっている……?
「なあ、ヴォイド、あれ……」
「ああ、俺も気づいていた」
道の端で、頭から地面にめり込んだ男性プレーヤーが手足をじたばたさせている。助けるべきなのかためらっていると、プレーヤーはほぼ完全に地面にめりこんで、ずぞぞぞぞ、ととんでもない速さでこちらに近づいてきた。
「危ない、マヒロさん、忠政さん、よけろ!」
プレーヤーは地面にめり込んだままマヒロと忠政の足の間を抜けると、埋もれたままもぐらのように街道を突っ走って行った。
「チッ、やつを追うぞ小次郎さん」
ヴォイドが走り出す。慌てて小次郎も後を追いかけた。
「ヴォイド、なんなんだ今のは」
「撮られた、たぶん」
「何が」
「マヒロさんのスカートの中だよ! ああいうバグを利用したVR痴漢が横行してる。写真が出回る前にやつの端末を確保するぞ!」
ヴォイドは全力疾走して痴漢犯を追いかけると、背中の鎌を抜いて振りかぶった。
「ここだぁ!」
ヴォイドが振り下ろした鎌の先から人がにゅるりと現れ、男とヴォイド、そして小次郎3人の周囲に赤いバトルフィールドが現れた。
「いいか、小次郎さん、聞いてくれ」
ヴォイドが額に汗を浮かべながら言った。
「俺が攻撃したらワンパンであいつは倒れてどこかのリスポーン地に強制送還される。そうなれば、敵の思うつぼだ。あいつのHPをミリ残しして、写真の入っている端末を壊して運営に通報する。俺が敵のHPを見るから、あんたは敵が死なないぎりぎりで攻撃してくれ」
「わかった」
小次郎は背中の槍を引き抜くと、ぐっと握りしめた。
仲間を侮辱した人間を、許すわけにはいかない。
最初は一番「速さ」の高いヴォイドのターン。ヴォイドがターンキャンセルをすると、敵が小次郎にバースト攻撃を仕掛けてきた。
痛い。熱い。
「次のターンで俺が小次郎さんに【
「了解」
小次郎は槍を大上段に構えると、全力を出し切らないように意識しながら敵に攻撃した。
ヒット。敵の足がおぼつかなくなってくる。
ヴォイドが呪文を唱える。小次郎の体の痛みがすっと引いていくのを感じる。
次、敵のターン。バースト攻撃。
明らかに小次郎を狙っているのがわかる。
小次郎は舌打ちすると、槍を構え直した。
「小次郎さん、次は9割」
小次郎は柄を強く掴むと、一歩前に踏み出して振りかぶった。
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