第19話 数学とお金、どっちが大事なんですか?

 ヴォイドはHPがすれすれになった痴漢犯をひっ捕まえると、痴漢犯の持っていた端末を鎌で壊した。運営に通報後、念のため他にもカメラ機能のついた端末がないか探していると、運営の男がやってきた。


「えーと、あなたが痴漢犯を捕まえた人ですか?」


「はい、†深淵の背律者ヴォイド†です」


 黒髪の運営の男は、地面にノビている痴漢犯をちらりと見やると、ふと顔を上げてこちらを見た。小次郎たちの姿に気づいたようだ。


「げ」


「久しいのう、高橋くんよ」


 忠政がにやにやしながら手を振る。


「またお前らか。悪さしてないだろうな? ただでさえこっちは忙しいというのに」


「運営の人と知り合いなのか?」


 ヴォイドが不思議がって忠政に尋ねる。「ちょっとな」と答えると、忠政は痴漢犯の壊れた端末を拾い上げた。


「壊れてはいるが、一応データの消去も頼むぞ。それから、この悪党はBANしてくれ」


「あたりまえだ。全く、さっさと通報してくれればBANしたのに、事態を大きくしやがって」


 ぶつぶつ言う高橋くんに向かって、忠政はみんなに聞こえるよう大きな声で言った。


「まずは感謝が先じゃないかのう。ま、こんな末端の汚れ仕事をさせられているのもおぬしの自業自得じゃ。せっかく東大の数学科を出たのに、ゲームプランナーの肩書につられて学部卒で就職し、今じゃ低賃金労働者。かわいそうにのう」


「な、なぜそれを……」


 へえ、東大かあ。すごいな。ヴォイドがつぶやいた。


「でも、青学の方がすごいんじゃないのかい。駅伝強いし」


 黙ってみていたマヒロが唐突に口を挟んだ。彼女は痴漢の被害者であるという自覚があるのだろうか。

 マヒロの言葉を聞いて、高橋くんが顔を真っ赤にする。


「な……大学に貴賤があるとは言いませんが、一般的にいえば東大の方がすごいでしょうよ」


「でも、たしかに数学科か。数学なんて何の役に立つんだ? ガチャ率計算やダメージ計算ができれば十分だろう」


 ヴォイドが悪びれる様子もなく言った。高橋くんの顔がさらに赤くなる。相当自分の学歴に自信があるようだ。


「あなたねえ。いいですか、数学なんて一生使わないんだから勉強しなくていい、という文系の人はいます。ですが、世の中を見てください。儲けている人はみんな三角関数を使っている。いいですか、これがこの世の真理なんですよ」


「でもあんた、儲かってないんですよね? そもそも、自分で儲けなくても死ぬまで親に金をもらえばいいんじゃないですか」


 ヴォイドが能天気な顔をして言った。ぽかんと口を開けた高橋くんの後ろで、忠政が腹を抱えてゲラゲラ笑っている。ヴォイドはきょとんとしている。自分の発言の途方もなさをよく分かっていない様子だ。


「いーっひっひっひ。最高じゃ、ヴォイド。高橋くんよ、ここはその痴漢魔を連れて退散したほうがよいのではないかの」


 高橋くんはぎりりと歯ぎしりすると、忠政にぐいと顔を近づけた。


「貴様、No.1503、いつか必ずぎゃふんと言わせてやるからな」


「今言ってやってもいいぞ。ぎゃふん。ほれ、嬉しいか?」


 高橋くんの顔が怒りで紫色になり、光の粒になって消えた。痴漢犯も同時に光の粒になる。


「しかし、よかったのう。犯人が捕まって。ヴォイドと小次郎の大手柄じゃ!」


 忠政がふたりの背中をばんばん叩いた。


「俺もあのまま勉強していたら東大とかに行ってたのかな……」


 ヴォイドが遠い目をして言った。


「やっぱり青学の駅伝が一番さ」


 マヒロがニコニコしながら言った。





 ウィステリアン・リバーの街、フィラツカの街、オーイーソの街を抜け、ついに第一の関門オディンバラ城目前となった。


 街道のザコ敵もやや強くなり、数体同時にエンカウントしてしまうと、小次郎ひとりの力ではポーションなしには倒せなくなってきた。


 一行は街へ着く前に、一度作戦会議をすることにした。


「マヒロさんは知っていると思うけど、オディンバラ城のボス『ジョヌおう』は結構強い。推奨レベルは70。頭を使わずに突っ込めばレベルが3桁あってもやられる。スキル【ふんばり】を持っていて、どれほど強い攻撃を与えても1回だけHP1で耐えてくる」


「ああ、だからあのとき倒せなかったのか」


 マヒロがぽんと手を叩いた。

 演説を邪魔されたヴォイドが咳払いをする。


「今のレベルは、俺が999、マヒロさんが168、小次郎さんが32、忠政さんが27。マヒロさんはともかく、小次郎さんと忠政さんは敵の攻撃を耐えられない。ボスの場合、パーティーのうちひとりでも死んだら、隊ごと街へ強制送還だ」


「ふむ、それは困ったの。HP残しをされたら必ずわしらが攻撃されてしまうではないか」


「そう。だから、俺の考えた作戦はこうだ」


 まず、ヴォイドがスキル【挑発】を使って、1ターン目の全員分の被ダメージを一手に引き受ける。これで3人は攻撃されなくなる。


 つぎに、残りの3人が敵に「すばやさ低下のポーション」を投げつけて、敵の攻撃ターンを最後にする。


 2ターン目の最初にヴォイドが攻撃し、敵のHPを1まで削り、最後にマヒロが敵を殴ってフィニッシュだ。


「今回のボスはデバフ攻撃をしてこないだけましだ。この作戦で行くぞ」





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